「永住制度は、いっそ廃止したらどうか」。
こう書けば、外国人の永住に反対する主張だと思われるかもしれない。
しかし、私が言いたいことは、むしろ逆である。
永住という、他の在留資格とは明らかに異なる特別に安定した法的地位を日本が設けるのであれば、まず「なぜ永住という制度が必要なのか」を法律によって明らかにすべきではないか。
そして、その目的に従って、誰に永住を認めるのか、永住者に何を求めるのか、一度認めた永住という地位をどこまで保障するのかを、一つの体系として設計すべきではないか。
私が問題にしたいのは、永住要件が厳しいか、緩いかではない。そもそも「永住とは何か」という制度の根本が十分に立法されないまま、入口と出口の条件だけが詳細になっていることである。
2026年、永住の「入口」と「出口」は大きく変わった
2026年10月1日、出入国在留管理庁は「永住許可に関するガイドライン」を改定した。
新しいガイドラインでは、永住者について「法務大臣が永住を認める者」という法的位置付けを示したうえで、日本語能力、在日経歴、在留中の行状だけでなく、日本人口の動向、産業界の人材需給、外国人受入れが日本社会に与える影響、家族単位での在留の安定などを総合的に考慮し、その永住が「積極的に日本国の利益になるか」を判断するとしている。
さらに、収入、年金、公租公課、日本語能力、日本の制度・ルールへの理解、学齢期の子の就学など、多くの判断要素が明確化された。
一方、2024年の入管法改正によって永住者の在留資格取消事由も拡大され、2027年4月から新たな取消制度の運用が始まる。
つまり、永住になるための「入口」と、永住を失う可能性のある「出口」の双方が、以前よりはるかに具体的になってきた。
しかし、その真ん中にある最も重要な問いが残っている。
日本は、何のために「永住」という法的地位を設けているのか。
中長期在留者には制度の目的が見える
中長期在留者については、制度の性格が比較的分かりやすい。
現在の在留管理制度は、在留資格をもって日本に中長期間在留する外国人について、その在留状況を継続的に把握し、「外国人の適正な在留の確保」に資することを目的としている。
そのために在留カードを交付し、住居地や所属機関など一定の事項について届出を求める。
つまり、中長期在留者というカテゴリーには、少なくとも「適正な在留を確保するための在留管理」という制度上の役割がある。
特別永住者にも、その地位を設ける理由がある
特別永住者についても事情は明確である。
特別永住者には固有の歴史的経緯があり、一般の永住者とは全く同じものとして論じることはできない。
しかし重要なのは、一般の入管法とは別に、「日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法」、いわゆる入管特例法という法律が存在し、その歴史的背景を踏まえて特別な法的地位が設計されていることである。
そこには、その地位をなぜ特別に扱うのかという制度的な理由がある。
では、一般の「永住者」はどうだろう。
永住には二つの全く異なる考え方があり得る
私は、永住制度の目的について、少なくとも二つの考え方があり得ると思う。
一つは、「定着保障型」である。
長期間適法に日本で生活し、仕事をし、家族を形成し、地域社会との関係を築いた外国人について、その定着した生活と法的地位を安定させるために永住を認めるという考え方である。
もう一つは、「特別地位付与型」である。
わが国へのこれまでの貢献と、これからのわが国への貢献を特に評価できる外国人について、通常の在留資格よりもはるかに安定した特別な法的地位を国家が認めるという考え方である。
この二つは似ているようで、制度設計は大きく異なる。
永住が「特別な地位」なら、要件が高いこと自体はおかしくない
私は、後者の制度設計も十分にあり得ると思っている。
つまり、永住とは単なる「長く住んだから与えられる資格」ではない。
日本で長期間生活したことだけでもない。税金や社会保険料を払ったことだけでもない。それらは日本社会で生活する以上、そもそも果たすべき義務でもある。
そのうえで、これまで日本社会にどのような貢献をしてきたのか。そして、今後も日本社会の一員としてどのような貢献が期待できるのか。
それらを総合的に評価し、国家が「この人には通常の在留管理とは異なる、特に安定した法的地位を認める」と判断する。
これを永住制度の目的とすることも、一つの合理的な制度設計である。
そして、そのような制度を採るのであれば、永住許可の要件が現在より相当に高くなったとしても、それ自体は不合理だとは思わない。
永住が特別な地位なのであれば、その入口が狭いことには理由があるからである。
ただし、「入口は狭く、地位は厚く」でなければならない
しかし、ここには重要な条件がある。
非常に高い要件を課し、その人の過去の実績や将来への貢献可能性まで審査したうえで、国家が永住を認めるのであれば、一度与えた永住という地位も、それにふさわしい強さで保障されるべきではないか。
入口では「あなたは日本に永住するにふさわしい」と極めて厳格に審査する。
ところが取得した後も、通常の中長期在留者と同じような発想で常に資格維持を審査し、容易にその地位を失わせる。
それでは、そもそも何のために「永住」という特別な地位を認めたのか分からなくなる。
入口を狭くするのであれば、地位は厚くする。
この二つはセットで考えるべきだと思う。
実際、新しい永住資格取消制度について、国会の附帯決議は、既に日本に定住している永住者の利益を不当に侵害しないよう、「定着性」や法令違反の悪質性などの個別事情を厳正に判断し、特に慎重に運用することを求めている。
つまり、永住者には、単なる在留資格以上に考慮すべき「定着した利益」が存在するという発想が、取消制度の側には既に現れているのである。
それなら、永住制度をいっそ廃止したらどうか
ここで、最初の問いに戻りたい。
永住とは何かを明確にしないのであれば、いっそ永住制度を廃止してしまえばよいのではないか。
外国人はすべて中長期在留者として扱い、一定期間ごとに在留期間を更新する。
その都度、収入、納税、社会保険、法令遵守、日本語能力、日本社会との関係などを確認する。
永住許可後もそれらを継続的に確認し続けたいのであれば、その方が制度としてはむしろ一貫している。
それでもなお、私たちが「永住」という制度を残すのであれば、そこには残すだけの理由があるはずである。
その理由を明らかにすることこそ、今必要なのではないだろうか。
「定着」と「永住」を分けるという選択肢もある
さらに考えるべきなのは、「長期定着者の生活の安定」と「特別な地位としての永住」を、一つの制度にすべて背負わせる必要があるのかという問題である。
例えば、長期間適法に日本で生活し、日本に生活基盤を形成した外国人については、その「定着」という事実に対応した安定的な在留制度を設ける。
そして、その中でも、日本への過去及び将来の貢献などを特に評価する者について、さらに強い法的地位として「永住」を認める。
そのような二段階の制度設計も考えられる。
そうすれば、「長く日本に住んだのだから永住を認めるべきだ」という考え方と、「永住は日本への貢献を特に認めた者に与えるべきだ」という考え方を、必ずしも二者択一にする必要はなくなる。
長期定着者には生活の安定を。そして、特に認められた者には永住という強い法的地位を。
それぞれ異なる制度目的として整理することができる。
これは現在の永住者の地位を奪うという話ではない
ここで、極めて重要なことを明確にしておきたい。
この議論は、現在すでに永住許可を受けている人の地位を不利益に変更すべきだという話では全くない。
現在の永住者は、その時点の法律と制度、行政運用の下で要件を満たし、国家から永住を認められた人たちである。
後になって制度の理念や要件を変更したからといって、それを理由に既に認められた地位を不利益に扱うべきではない。
むしろ制度への信頼という観点から、その地位は十分に尊重される必要がある。
同様に、現在の制度を前提として永住申請を準備してきた人への配慮も不可欠である。
長年日本で生活し、現行の永住要件を念頭に在留年数を積み重ね、仕事をし、納税し、社会保険料を支払い、家族と生活しながら永住申請を準備してきた人もいる。
将来、永住制度そのものを大きく再設計するのであれば、そうした人々に予測不能な不利益を与えないよう、十分な周知期間と合理的な経過措置を設けることは当然である。
制度改革とは、過去に国家自身が示したルールへの信頼を壊すことであってはならない。
問題は「厳格化か緩和か」ではない
永住制度をめぐる議論は、ともすれば「外国人に厳しくすべきか、優しくすべきか」という対立になりやすい。
しかし、私はそれでは本質を捉えられないと思う。
問うべきなのは、日本は、どのような外国人に、何のために「永住」という特別な法的地位を与えるのか、ということである。
長期定着者の生活を安定させるための制度なのか。
日本への過去と未来の貢献を特に評価した者に与える特別な地位なのか。
あるいは、その双方を組み合わせるのか。
まず、その選択をしなければならない。
そのうえで初めて、必要な在留年数、収入、日本語能力、公租公課、社会統合、貢献実績などについて、どこまでの要件が合理的なのかを議論することができる。
「永住とは何か」をガイドラインではなく法律で
2026年10月の新しい永住許可ガイドラインは、「永住者の位置付け」という項目を掲げ、永住許可について詳細な考え方を示している。
それ自体は、制度の予測可能性を高めるうえで重要である。
しかし、さらに根本的な問題がある。
「永住者の位置付け」は、本来、行政のガイドラインだけで決める問題なのだろうか。
永住制度の目的。
永住者の法的地位。
国家が永住者に求める義務。
一度認めた永住という地位を保障する程度。
そして、その地位を失わせることのできる限界。
これらは、本来、立法府が議論し、法律によって体系的に定めるべき問題ではないだろうか。
特別な法的地位を設けるのであれば、その地位が存在する理由もまた、法律によって明らかにする。
私は、一般の永住者についても、そのような立法を検討する時期に来ているのではないかと思う。
永住をなくせ、と言いたいのではない
だから、冒頭の問いに対する私の答えは明確である。
「永住制度は、いっそ廃止したらどうか」。
これは、永住をなくすことそのものを目的とした問いではない。
何のための制度なのか説明できないのであれば、廃止も含めてゼロから考えた方がよい。
そして、それでも永住という制度が日本社会に必要だというのであれば、その瞬間に初めて、「では、永住とは何なのか」という問いに国家は答えなければならない。
私は、永住を、日本への過去と未来の貢献を特に認めた人に与える特別な法的地位として設計する考え方も十分に合理的だと思う。
その場合、入口は現在より狭くなってもよい。
しかし、その高いハードルを越えて国家が永住を認めたのであれば、その地位は相応に強く保障する。
そして、現在すでに永住している人、現在の制度を信頼して永住を目指してきた人には、不利益を生じさせない。
入口は狭く、地位は厚く。
過去の制度への信頼は守り、未来の制度は目的から設計する。
永住制度をめぐって今必要なのは、要件を一つずつ厳しくする議論だけではない。
「日本は何のために永住という地位を与えるのか」を、正面から立法することである。