産経新聞の記事
2024/06/20の産経新聞記事「<独自>川口クルド人病院騒動の逮捕者が再入国「帰りたくない」日本滞在も再び強制送還 「移民」と日本人」によると、クルド人男性が強制送還にまで至った経緯は以下の通りです。
- 2013年にトルコから短期滞在の査証(ビザ)免除措置を利用して来日
- 2回目の難民認定申請中だった昨年7月、クルド人同士のけんかに関与し他の6人とともに殺人未遂容疑で逮捕
- さいたま地検は9月、7人全員を不起訴処分とし11月に強制送還の処分を受け自主的に帰国
- 今年5月9日、男性を支援する日本人弁護士から東京出入国在留管理局(東京入管)に対し、男性の上陸許可を求める要望書が出され、男性は同じ日にビザ免除措置を利用して羽田空港へ到着
- 要望書は「殺人未遂事件で負傷した右腕の治療とリハビリを日本で行いたい」「病院の未払い金200万円を支払いたい」などとし、滞在期間を1カ月としていたところ、実際の所持金は7千円しかなく、東京入管が上陸拒否
- 男性は床に寝そべり「帰りたくない」「救急車を呼べ」などと叫んだため、羽田空港内の入管施設へ収容
- さらに、施設内で食事を拒み、脱水や低血糖の症状が出たことから、東京入管は施設への収容を一時的に解く仮放免を決定、男性は川口市内で再び生活することとなる。
- 東京入管が病院に問い合わせたところ、「治療は不要」との回答だったため、あらためて強制送還手続きを進めることとなった。
- 今月5日、仮放免者に義務づけられた手続きとして東京入管へ出頭。その場で強制送還を告げられ、同日夜のトルコ航空イスタンブール便に乗せられて送還された。入国警備官が付き添うなどし、帰国費用数百万円は税金を原資とする国費で賄われた。
なぜ強制送還の処分となったか
上記3つめの・にある、強制送還の処分を受け自主的に帰国 が気になりました。申請人は難民認定申請中であり、かつ裁判でも不起訴となっているので、普通に考えると退去強制手続は始まらないはずです。(ちなみに、今年6月から施行されている難民認定申請3回目以降は退去強制の対象とする改正法はまだ施行されていません。)
弁護士から出された、男性の上陸許可を求める要望書の中身がまだ見つけられていないので、なんともいえませんが、川口周辺に住むクルド人の人たちの地位について によれば、仮放免者も退去命令に従わなかったことを理由として退去強制令書を受け(入管法24条第5号の2を根拠)ている、とのことです。
退去命令は入国時、上陸拒否事由に該当する場合に発せさられるものと理解していますので、以下のようなことでしょうか。
- 2013年の入国時、上陸拒否事由に該当し退去命令が出た。
- 空港近くの施設にとどめおかれた。
- 仮放免申請が許可された
- その後、難民認定申請をした。
- 2023年11月、裁判では不起訴となり、難民認定申請中(2回目)ではあったが、2013年の退去命令に従わないことを理由に、退去強制令書が出された。
上記が正しいとすれば、ちょっと待ってください、となります。
今月より施行されている、難民認定申請3回目以降は退去強制の対象外から外す、という入管法改正は、不法入国や不法残留を助長するための難民認定制度の濫用を防ぐものです。(施行前は、とにかく難民認定申請中であれば、その申請が何回目であっても、強制送還されることはないとされてきました。
ところが、当ケースのようなことがあるとすれば、入国時に「退去命令」を出しさえすれば、その後の難民認定申請を行おうが、何回めであろうが、退去命令に従わないことを理由に、退去強制手続に入ることができることを意味してしまいます。
私の理解が間違っていることを願っていますが、もう少し調べて本稿はアップデートしていきたいと思います。
上陸拒否
さて、次は今年5月9日に、男性が上陸拒否されたことについてです。
退去強制された日から5年は入国することはできない(入管法第5条の2)という上陸拒否事由がありますが、おそらくこれは弁護士からの要望で、いったんは人道上の理由から上陸拒否の特例がいったん認められたものと推察しています。
そして改めて、回上陸を拒否されたのは、単純に入国審査において、”申請にかかる活動(わが国で行おうとする活動)が偽りのものでないこと”という上陸許可基準を満たしていなかったということでしょう。
対策:ビザ免除国から除外すると
最初の退去強制が適法であったかの疑念はともかく、確かに記事のような事例が今後頻発するとすれば、それは入管行政の立場からは大問題です。
本記事は、「出入国在留管理庁幹部は「根本的な問題はトルコとのビザ免除措置があること。犯罪の当事者だった外国人が簡単に日本へ来られる現状が変わらない限り、また起こり得る」と話している。」と締めくくっています。
ここで、?と思いました。トルコに対してビザ免除措置が停止されたとしても、入国審査の段階ではもう日本に来てしまっているのだから、ビザが無いことを理由に上陸拒否しても同じことで、再発防止にならないのではないかということです。
イラン人の事例
当ブログの投稿「代々木公園のイラン人の話」に、1991年頃発生していた多くのイラン人による不法滞在問題が、ビザ免除措置の停止により解決したことについて述べました。ビザなしに日本に”入国”することはできないということを事前に知らしめることで、日本で不法に稼ごうという人たちがいなくなったわけです。
一方、”入国できないことはわかっているが、暴れて無理やり入国してしまおう”という今回のようなケースには対応できないのではないかと思ったわけです。
具体的な効果
よくよく考えてみれば、ビザ免除措置の停止は明らかに有効です。なぜなら航空会社がビザが必要な渡航先への渡航者は飛行機に乗せないからです。(航空会社は渡航先で上陸拒否された渡航者を送還する義務を負うため)
日本版ESTAの登場
あくまでトルコの中で少数民族であるクルド人の問題だけを理由に同国に対して、ビザ免除措置の停止ができるかどうかは疑問です。そうした中、つい最近、「日本版ESTA」導入へ 渡航目的を事前審査 政府 (2024/06/21時事通信) という記事を目にしました。
日本版ESTAは、ビザ免除措置の停止に代わる、大変有効な措置だと思います。
まとめ
投稿が大変長くなりました。今回の事例は、入管法上の課題を多く含むモデルケースだと思います。