市民を巻き込む移民政策という発想
移民政策は、多くの国で最も意見が割れやすい政策分野の一つです。経済成長や人手不足への対応として必要だとされる一方、治安や社会統合への不安も強く、議論はしばしば感情的・二項対立的になりがちです。
こうした中、英国議会のHome Affairs Select Committeeが、移民をテーマに「シチズン・アセンブリー(市民熟議型イベント)」を開催すると発表したことは、注目に値します。
これは、無作為抽出などで集められた市民が、専門家の情報提供を受けながら時間をかけて議論し、移民政策のトレードオフを考える仕組みです。単なる世論調査ではなく、「理解したうえで考える市民の声」を議会審議に反映させようとする点に特徴があります。
英国のシチズン・アセンブリーの狙い
今回の英国の取り組みでは、地域や属性、移民に対する考え方が異なる市民が集まり、移民の規模、経済への影響、社会統合、難民保護などについて議論します。重要なのは、結論ありきではなく、「何が難しいのか」「どこに妥協点があり得るのか」を可視化する点です。
移民問題は、単純に「賛成」「反対」で割り切れるものではありません。英国議会は、市民が熟議を通じて現実的な選択肢を考えることで、政策の正当性や社会的納得感を高めようとしています。分断が進む民主主義に対する、一つの処方箋とも言えるでしょう。
日本にもある「熟議」の土壌
一方、日本ではどうでしょうか。国政レベルで移民をテーマにした市民熟議の仕組みは、ほとんど存在しません。しかし、地方自治体レベルでは「市民討議会」「ミニ・パブリックス」と呼ばれる参加型熟議の実践が各地で行われてきました。
都市計画、環境政策、防災などをテーマに、無作為抽出された市民が議論する事例は決して珍しくありません。つまり、日本にはすでに「市民が話し合う」ための知見や人材、運営ノウハウが蓄積されています。問題は、それが移民政策のような国家的・価値対立的テーマに、ほとんど使われてこなかった点です。
移民政策が争点化する日本の現実
少子高齢化と人口減少が進む日本において、外国人労働者や移民の受け入れは、もはや周辺的な話題ではありません。特定技能制度の拡大、技能実習制度の見直し、永住や家族帯同をめぐる議論など、制度はすでに社会構造を左右する段階に入っています。
一方で、選挙の場では「外国人優遇」「治安悪化」といった単純化された言説も目立ちます。制度の複雑さや、現場で起きている実態が十分に共有されないまま、感情的な不安が先行する構図は、英国が直面してきた問題とも重なります。
なぜ日本にも市民熟議が必要か
移民政策に市民熟議を取り入れる意義は、日本でも大きいと考えられます。
第一に、政策の「納得感」を高めることです。政府や専門家だけで決めた政策は、たとえ合理的でも「押し付けられた」と受け止められがちです。市民が議論に参加し、悩み、考えたプロセス自体が、政策の正当性を支えます。
第二に、極端な言説を和らげる効果です。熟議の場では、賛否両論を聞き、相手の立場を理解する経験が生まれます。これは、SNS的な分断とは逆方向の力を持ちます。
第三に、移民を「数」や「管理」の問題ではなく、「社会の設計」の問題として捉え直す契機になります。
それでも最も重要なのは国家戦略
ただし、市民熟議だけでは十分ではありません。最も重要なのは、日本が50年先にどのような国家でありたいのかという国家戦略です。
人口構成、産業構造、地域社会、多文化共生をどの程度受け入れるのか――この大枠が定まらないままでは、移民政策は場当たり的になり、制度変更のたびに不安と反発を生み続けます。
英国の試みが示唆するのは、「戦略なき熟議」ではなく、「戦略を形作るための熟議」の重要性です。市民参加は、国家像を共有し、長期ビジョンを社会に根付かせるための手段であるべきでしょう。
日本への示唆
日本にとって、英国のシチズン・アセンブリーは単なる海外事例ではありません。
移民政策が避けて通れない現実となった今こそ、市民を「受け身の不安の担い手」ではなく、「未来を考える主体」として位置づける発想が求められています。
移民を増やすか減らすか、という短期的な議論を超え、50年後の日本社会をどう描くのか。その問いに、市民とともに向き合うことが、日本の民主主義と政策形成を一段成熟させる鍵になるのではないでしょうか。