南アフリカで議論されている新たな移民政策は、「ビザ制度の見直し」というレベルを超え、「国家の人口管理の仕組みそのものをデジタルで再設計する」という発想を打ち出しています。文化・歴史・社会状況が大きく異なる国の政策であっても、その中にある“設計思想”や“運用の工夫”は、日本にとっても参考になる点が少なくありません。本稿では、The Conversationの記事の内容を紹介しつつ、日本への示唆を考えてみます。
デジタル化を軸にした包括的な制度再設計
記事が紹介する南アフリカの白書案の特徴は、「断片的な制度改正」ではなく、「統合的な制度設計」を目指している点にあります。従来の移民・難民・国籍制度は個別の法律や手続きが積み重なった形でしたが、今回の白書案はそれらを一体的に見直す構想を掲げています。
その中心にあるのが「Intelligent Population Register(知能型人口登録)」という構想です。これは、国民だけでなく、移民・難民・在留外国人・不法滞在者も含め、人口に関するデータを統合し、AIや生体情報を用いて管理するというものです。
この仕組みにより、行政の効率化や不正防止を図ると同時に、これまで制度外に置かれがちだった不法滞在者も把握し、銀行口座の利用や納税などの制度内活動を促すという考え方が示されています。
技能・貢献を重視する新たな移民ルート
白書案では、移民の受け入れ方針も見直されます。従来の「滞在年数中心」の帰化制度から、「技能・教育・社会的貢献」などを評価する「メリット型(功績型)」の帰化制度へ転換する提案がなされています。
また、ポイント制の技能移民制度、スタートアップビザ、投資家ビザ、リモートワークビザなど、多様な経路を整備する方針も示されています。
一方で、難民制度については「最初の安全国」への送還を認めるなど、一定の引き締めも検討されています。
つまり、単純な「開放」や「制限」ではなく、
・経済貢献が見込めるルートは整備する
・庇護制度は整理・厳格化する
という、目的別の設計が意図されています。
成功の鍵は「技術」ではなく「実装能力」
記事では、この政策が野心的である一方、実際に機能するかどうかは不透明であるとも指摘されています。大規模なデータ統合やAI活用は、プライバシー問題や法的課題、技術的能力、行政の実装力など、多くの条件が揃わなければ成功しません。
また、移民の社会統合や低技能労働の問題など、重要な課題が十分に扱われていない点も懸念として挙げられています。
つまり、この改革は「デジタル化すれば解決する」という単純な話ではなく、国家の行政能力や社会の信頼を含めた総合的な改革として捉える必要があるということです。
なぜ遠い国の政策が日本の参考になるのか
南アフリカと日本では、歴史的背景も人口構成も移民の性質も大きく異なります。しかし、移民政策の「実装上の課題」は意外なほど共通しています。
例えば、
・手続きの遅延
・書類主義による非効率
・制度の複雑さ
・不正や抜け道の発生
といった問題は、多くの国で見られる現象です。
南アフリカの改革は、こうした問題を「データ統合」と「制度の再設計」で解決しようとする試みです。この「行政の設計思想」は、日本でも参考にできる部分があります。
日本への示唆①:デジタル化は「統合設計」から始める
日本でも在留手続のオンライン化は進んでいますが、制度やデータが縦割りのまま電子化されると、利用者の負担は減りません。
南アフリカの構想は、最初から人口データの統合を前提に制度を設計しています。これは、
「システムを作る前に、制度の構造を整理する」
という発想です。
日本でも、在留管理・雇用管理・社会保険・住民登録などのデータ連携を前提とした制度設計が求められる段階に来ていると言えるでしょう。
日本への示唆②:「不正対策」と「使いやすさ」を両立する
制度が複雑で使いにくいと、適法ルートを避ける動きが生まれ、結果として不正や非正規雇用が増えます。
南アフリカの白書案は、
・データ統合による不正対策
・技能人材や起業家向けの新ルート
を同時に打ち出しています。
これは、「締める」と「開く」を同時に進める設計です。日本でも、制度の厳格化だけでなく、正規ルートの使いやすさを高める発想が重要になります。
日本への示唆③:デジタル化の「救済設計」を先に考える
生体情報やAIを使った管理は、誤判定や不利益を生む可能性があります。移民行政は生活や就労に直結するため、その影響は極めて大きくなります。
重要なのは、
・誤登録の訂正手続
・異議申立て制度
・審査の透明性
といった「救済の仕組み」を先に設計しておくことです。
これは、日本でも今後のデジタル在留管理の大きな課題となるでしょう。
おわりに:結論よりも「設計思想」を学ぶ
移民政策は、国の歴史や価値観に強く左右される分野です。南アフリカの制度をそのまま日本に当てはめることはできません。
しかし、
・人口データの統合を基盤にする
・目的別に移民ルートを整理する
・デジタル化と救済制度を同時に設計する
といった「政策の作り方」は、国境を越えて参考にできるものです。
文化や歴史が異なる国の取り組みだからこそ、そこにある独自の発想や制度設計の工夫が見えてきます。日本の移民政策を考えるうえでも、こうした海外の試みを「違う国の話」と切り捨てるのではなく、「設計思想のヒント」として読み解く姿勢が、これからますます重要になるのではないでしょうか。