1. はじめに

近年、世界各国で入国管理政策に対する関心が高まっており、移民や外国人労働者の受け入れに際して、より厳格な条件を設ける傾向が見られる。(英国がビザの英語基準導入を推進していることに日本国民が懸念 2025-06-21 NIKKEI Asia)その中で、一定水準以上の母国語能力、あるいは滞在国の言語能力を要件とする政策が導入されつつある。これは単に言語能力を問うだけでなく、移住者の社会統合や労働市場への適応を促進するという観点から導入されている。

我が国・日本においても、外国人の在留資格に関連して日本語能力が求められる場合とそうでない場合がある。本稿では、各在留資格の趣旨と日本語能力要件の有無を整理し、その背景にある考え方を考察する。


2. 在留資格の類型と日本語能力の要否

日本の在留資格は、「活動に基づく在留資格」(例:技能実習、特定技能、技術・人文知識・国際業務など)、「身分または地位に基づく在留資格」(例:永住者、日本人の配偶者等、定住者)などに大別される。これらの在留資格のうち、日本語能力が明示的に要件とされているものと、されていないものがある。

(1)日本語能力が要件とされている在留資格

代表的な例として以下のようなものがある。

  • 技能実習技能実習制度では、来日前の日本語学習が推奨されており、入国時に日本語能力試験(JLPT)N4程度が求められることが多い。これは、実習生が日本国内の職場や生活環境に適応し、安全に働けるようにするためである。技能実習は「人材育成」を名目としており、技能の修得と共に生活適応も重視されている。
  • 特定技能(1号)特定技能1号では、「日本語能力判定テスト(JFT-Basic)」やJLPT N4以上の合格が求められる。これは、就労現場での最低限のコミュニケーション能力を担保するためである。業種によっては技能試験とセットで受験する必要があり、日本語ができないと実務に支障をきたすという判断から、日本語要件が制度化されている。
  • 介護「介護」の在留資格では、日本語能力試験(JLPT)N2以上の合格が原則として必要である。介護は高齢者などとの密接なコミュニケーションが不可欠であり、高度な言語理解力が求められる。言語による誤解が命に関わる可能性もあるため、日本語能力の担保が強く求められている。
  • 留学留学ビザを取得するためには、入学先の教育機関が設定する日本語能力基準を満たす必要があることが多い。大学や専門学校は、授業についていくためにJLPT N2〜N1レベルの能力を求めることが多く、日本語能力は学業の前提条件とされる。

(2)日本語能力が要件とされていない在留資格

一方で、日本語能力が明示的には問われない在留資格も存在する。

  • 高度専門職高度専門職は、高度な学術的・専門的知見を有する人材を受け入れることを目的としており、日本語能力よりも学歴・年収・研究実績などが重視される。この層の人材は国際的に活躍することが多く、英語でのコミュニケーションが許容される職場環境も多いため、日本語を要件としない。
  • 経営・管理日本国内で企業経営や事業運営に従事する者に与えられるこの資格も、日本語能力は直接的な要件ではない。実際には日本語能力がある方が事業運営上有利ではあるが、投資額や事業計画の実現性が判断基準とされる。
  • 身分に基づく在留資格(永住者、日本人の配偶者等、定住者)これらの資格では、原則として日本語能力の明示的な要件はない。ただし、永住許可申請の際には、一定の日本語能力(目安としてN2相当)があることが望ましいとされる場合があり、社会統合の観点から語学力は暗黙の前提とされつつある。

3. 日本語能力要件の趣旨と背景

(1)労働・生活への適応力の担保

日本語能力を在留資格の要件とする目的の一つは、日本国内での円滑な労働・生活を確保することである。特に現場での安全管理や生活指導が必要な技能実習、介護分野においては、言語理解の不足が大きな障害となるため、一定の日本語能力は実務遂行能力の一部とみなされる。

(2)社会統合の推進

言語能力は、移住者が日本社会に適応するための重要な要素である。日本語を習得していなければ、地域社会との交流や行政サービスの利用、子育てや教育の場面などで孤立する可能性が高まる。そのため、在留資格の段階で日本語能力を求めることは、社会統合政策の一環と捉えることができる。

(3)受け入れ体制との整合性

日本側の受け入れ企業や教育機関、自治体にとっても、一定の日本語能力がある外国人であれば、教育・指導の負担を軽減できる。技能実習生や特定技能外国人を受け入れる場合、企業側にも指導体制の整備が求められるが、日本語能力の前提があればよりスムーズな受け入れが可能になる。


4. 今後の課題と展望

今後、日本語能力を在留要件に加えるか否かについては、労働市場のニーズ、国際的な人材獲得競争、そして社会統合政策とのバランスを取る必要がある。高度人材には英語を中心とした国際環境を整備しつつ、一般的な労働者や生活者としての外国人に対しては、日本語教育の支援とともに、段階的な能力獲得を促すような柔軟な制度設計が求められる。

また、在留資格の取得段階で日本語を要件とするだけでなく、在留中に語学力を伸ばせるような支援策(公的な日本語教室の整備、学習機会の提供、資格試験の普及など)を併せて講じることも重要である。


5. 結論

在留資格における日本語能力の要件は、その在留資格の目的や活動内容によって合理的に定められている。労働や学業、社会生活において円滑な適応を図るために、特定の在留資格では一定レベルの日本語力が求められており、それが本人の権利保障や安全にもつながっている。一方で、高度な専門職や経営者などには柔軟な対応がとられており、日本の受け入れ政策は多様な人材を対象としつつ、必要な要件を分けて設計されているといえる。

今後は、入国前の日本語教育支援、在留中の学習機会確保、そして社会全体の多文化共生の視点からの包括的な制度設計がより一層求められるだろう。

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投稿者: kenjin

行政書士の西山健二と申します。 外国人の方々が日本で働き、暮らすために必要な在留資格の各種申請手続を支援します。