1. 現行制度の概要
日本の在留資格「経営・管理」は、外国人が日本で会社を設立・運営するために取得するビザです。現在、このビザの取得に必要な条件は以下のいずれかを満たすこととされています。
- 常勤職員2名以上を雇用していること
- 資本金(または出資額)が500万円以上であること
このいずれかを満たせば、外国人は日本で会社を設立・運営し、在留資格「経営・管理」を取得することが可能です。その他にも、独立した事務所の確保、継続的な事業計画の提示などが求められますが、形式的には上記のいずれかで「ハードルを超えた」と判断されていました。
この制度は、比較的少額の資本で起業が可能である点が評価され、特にアジア系の外国人を中心に利用が拡大していました。
2. 厳格化の内容:or → and への転換
2025年8月4日の朝日新聞報道によると、法務省・出入国在留管理庁は、「常勤職員2名以上」または「資本金500万円以上」という従来の要件を、以下のように変更する方針を固めたとされています。
「常勤職員1名以上」かつ 「資本金3000万円以上」
つまり、これまでの「どちらか一方でOK」だった基準が、「両方必要」となる上に、金額も6倍に引き上げられるという、大幅な要件強化です。
この変更により、経営・管理ビザの取得ハードルは実質的に大きく上がることになります。
3. 厳格化の背景
(1) 制度の目的外利用の増加
「経営・管理」ビザは本来、日本での事業運営を目的とするものでしたが、現実には以下のような目的外利用が増えていました。
- 実態のない会社設立(書類上のみの法人)
- 短期滞在目的の“仮装起業”
- 民泊・不動産収益などの運営を通じた定住目的の便法
とりわけ、中国やベトナムなど一部国籍の申請者による、短期的利益を狙った事業計画の増加が問題視されており、「在留資格の抜け道」と批判されてきました。
(2) 他国制度との比較
例えば、韓国では外国人が企業経営を行う場合、3億ウォン(約3000万円相当)の資本金が必要であり、日本の500万円という水準は国際的に見てもかなり低いとされていました。日本政府としても、国際的整合性や制度の信頼性向上の観点から、見直しの必要性があったのです。
(3) 就労系ビザとのバランス
「経営・管理」ビザは、いわば自己雇用による滞在資格です。一方で、技術・人文知識・国際業務などの他の就労系ビザでは、企業からの雇用や年収基準、学歴・職歴などが厳格に求められます。
このギャップを利用して、自己雇用という形で「楽に滞在できるルート」が確保されてしまうと、制度全体のバランスが崩れることにもなりかねません。
4. 今後の影響と留意点
(1) 資金面での参入障壁の上昇
今回の改正案が施行されれば、起業の初期投資として3000万円以上の現金または資本を用意できる外国人でなければ、「経営・管理」ビザの申請資格を持てないことになります。
これは、日本での小規模事業(飲食店、美容院、貿易など)を目指す外国人にとって、大きな障害となり得ます。資本金要件の引き上げは、個人レベルの起業を強く制限する方向に働きます。
(2) 雇用要件の変化
一方で、常勤職員の雇用要件は2名から1名に引き下げられます。これは、一定の資本力を前提とした上で、事業の初期段階をより現実的に評価しようという意図とみられます。ただし、「誰を」「どのように」雇っているか(例:形式的雇用 vs 実態ある雇用)についての審査が厳しくなると予想されます。
(3) 起業支援制度との統合・整理
すでに東京都や福岡市などで導入されていた「スタートアップビザ制度(国家戦略特区)」では、資本金500万円未満でもビザ取得が可能なケースがありました。しかし、今回の動きは制度の全国的な一体化、つまり「経営・管理ビザは本格的な起業家向け、スタートアップ支援制度は自治体・支援機関との連携ありき」という2つのラインを明確に分ける意図もあるようです。
5. 今後の見通し
朝日新聞によれば、2025年度中の省令改正・施行を目指しているとのことです。具体的な施行時期は未定ですが、2025年中(秋〜冬頃)に正式施行される可能性が高いとみられています。
つまり、現在の基準でのビザ申請を検討している場合、改正前に手続きを終える必要があるといえます。特に、資本金が500万円程度で起業を目指していた外国人にとっては、「駆け込み申請」が今後増加するかもしれません。
6. 結論:制度の信頼性と透明性の確保へ
「経営・管理」ビザは、外国人が日本で自由に事業を行える数少ない在留資格の一つであり、日本の開かれた経済制度を象徴する存在でもあります。しかしその一方で、制度を利用した不正申請や目的外利用が続けば、社会の信頼を損なう結果にもなりかねません。
今回の要件厳格化は、形式的な要件の「穴」を塞ぎ、真に実体ある事業運営を促すための制度的整備と言えます。日本社会としても、「ビザを与える以上、事業に責任を持つ者であるべき」という基本原則に立ち返る動きとも言えるでしょう。
それでもなお、日本で起業を目指す外国人を完全に排除するものではなく、本当に事業をしたい人には、誠実で健全な準備を求めるだけの制度設計を目指すべきです。