相続税の“10年ルール”とは? 海外在住者が注意すべき課税対象の判断基準【相続税お悩み相談室】 (2025-06-25 相続会議)に記載されているとおり、相続人と被相続人の両方が、相続開始前10年以内に日本に居住していた場合、「国内だけでなく国外にある財産も含めて」相続税が課税される可能性が高くなる。ところで、米国籍の被相続人が米国において信託を設定していた場合、この信託は相続財産に含まれるかどうかについて考察します。
相続税の課税関係において、「被相続人が米国籍であり、米国において信託(trust)を設定していた場合に、その信託財産が日本における相続税の課税対象となるか」という点は、信託法と相続税法の交差点にある高度な法的問題です。この問題を論じるためには、日本の相続税法、信託に関する法制度、国際課税原則の理解が不可欠です。以下では、これらの観点から包括的に説明を試みます。
1. 日本における相続税の課税対象
まず、日本の相続税法では、相続税が課される財産の範囲は、相続開始時における相続人および被相続人の居住地と国籍によって異なります。以下の3つのポイントが特に重要です。
(1) 無制限納税義務者と制限納税義務者
相続税法では、納税義務者を以下のように区分しています。
- 無制限納税義務者:被相続人または相続人のいずれかが相続開始前10年以内に日本に住所を有していた場合、相続人は無制限納税義務者となり、国内外を問わずすべての財産が相続税の課税対象になります。
- 制限納税義務者:いずれも日本に住所がなく、相続開始前10年以内にも住所がない場合、日本国内に所在する財産のみに課税されます。
したがって、質問にあるように相続人と被相続人の両方が相続開始前10年以内に日本に居住していた場合、相続人は無制限納税義務者となり、国外財産も課税対象になります。
2. 信託に関する基本的理解
(1) 信託とは何か
信託(trust)は、ある者(委託者)が財産を信託し、その管理・運用・処分を受託者に委ね、その利益を受益者に帰属させる制度です。信託は形式的には受託者が財産の名義人となりますが、実質的な経済的利益は受益者に帰属します。
(2) 米国の信託制度と日本の相続税への影響
米国では、**リビングトラスト(生前信託)**などの制度が一般的に活用されており、被相続人が生前に信託を設定しているケースも多いです。信託に移された財産は、形式的には受託者に所有権があるものの、信託の内容次第では被相続人が引き続き実質的な支配を保持していることもあります。
3. 日本の相続税法における信託財産の位置づけ
日本の相続税法においては、信託財産が相続税の課税対象に含まれるかどうかは、主に相続税法第3条の2および第9条に基づいて判断されます。
(1) 信託財産が課税対象となる場合
信託財産であっても、以下のいずれかに該当する場合には相続税の課税対象となります。
- 被相続人が死亡によって受益権を他者に移転した場合
→ この場合、受益権の移転が相続または遺贈とみなされ、課税対象となります(相続税法第3条の2)。 - 信託の終了によって財産が帰属した場合
→ 信託が被相続人の死亡により終了し、信託財産が相続人などに帰属する場合も、課税対象となります。 - 受益者が被相続人であった場合
→ 信託財産から得られる利益を被相続人が生前に享受していた場合、その受益権が死亡により相続人に移転することになれば、その分が課税対象になります。
(2) 具体例
例えば、被相続人が米国において自己の財産を信託に移し、その信託の受益者が本人であり、死亡によりその受益権が相続人に移転するよう設計されていた場合、日本の相続税法上、受益権の移転が相続とみなされ、信託財産相当額に相続税が課されます。
また、信託終了によって財産が相続人に帰属するよう設計されていた場合には、その帰属した財産についても課税されます。
4. 国際課税の視点
米国の信託制度は日本のそれとは異なり、より柔軟であり、さまざまな節税目的で設計されることがあります。日本の国税庁は、国外信託を通じた資産移転についても、実質的な支配権や経済的利益に着目して相続税課税を行います。
つまり、仮に信託の形式上、財産が受託者に帰属していても、被相続人が経済的支配を有していたと認定されれば、信託財産も相続財産に含まれる可能性が高いのです。
これは、日本がOECDモデル租税条約などに基づき、「実体的課税原則」や「経済的実質に基づく課税」を重視しているためです。
5. 実務上の留意点
- 税務調査対応:国外信託に関しては、日本の税務当局がその存在や構造を把握するのが困難であるため、申告時に詳細な開示が求められることがあります。
- 信託契約の内容確認:信託が「自己信託」か、「他益信託」か、「可撤回型」か「不可撤回型」か、また信託終了の条件など、すべてが課税判断に影響します。
- 租税条約の影響:米国との間には「日米租税条約」がありますが、これは主に所得税に関するものであり、相続税の課税権配分には明示的な規定がないため、重複課税が生じる可能性もあります(ただし、外国税額控除制度の活用によって一定の調整が可能)。
6. 結論
被相続人が米国籍であり、米国において信託を設定していた場合であっても、相続人および被相続人の両方が相続開始前10年以内に日本に居住していたのであれば、日本の相続税法上、相続人は無制限納税義務者とされます。したがって、その信託がもたらす経済的利益が被相続人から相続人に移転する構造であれば、当該信託財産は日本の相続税課税対象に含まれる可能性が非常に高いです。
このようなケースでは、信託の法的構造・契約内容の詳細な分析と、日米両国の税務専門家の協議が不可欠です。