ロサンゼルスの農業従事者の多くが不法移民との記事(移民管理強化とカリフォルニア農業の未来 2025-07-07 LAist)。日本における特定技能の農業従事者がクリアすべき技能試験と語学試験レベルに相当するようなものがアメリカにもあるとすれば、合法的な労働者になるにあたって、それほど高いハードルではないように思えるが、何が難しいのだろうか。
アメリカにおける農業従事者の多くが不法移民であるという現実は、単なる労働力不足や技能・語学の問題だけではなく、移民政策、制度設計、経済構造、歴史的背景といった複雑な要因が絡み合った結果である。特に、ロサンゼルスやカリフォルニア州などの農業地帯では、不法移民が農業労働の中核を担っており、合法的な労働者としての地位を得るための制度が存在したとしても、それを利用することが容易でない実態がある。以下では、日本の特定技能制度と比較しながら、アメリカにおいて不法移民が合法的な労働者となる上で直面する障壁について、主に制度的、経済的、社会的観点から考察する。
1. 日本の特定技能制度とアメリカの農業労働制度の比較
日本における「特定技能1号(農業分野)」では、外国人労働者が合法的に農業に従事するためには、①農業に関する技能試験と、②日本語能力試験(N4相当以上)をクリアする必要がある。試験の難易度は比較的低く、実務的なスキルや基礎的な日本語理解力があれば合格可能である。また、制度としては技能実習制度などを経由したキャリアパスも整備されており、入口としてのハードルはそれほど高くはない。
一方、アメリカでは、農業分野での合法的な就労制度としては主に「H-2Aビザ(季節農業労働者向け)」があるが、これは以下のような制限がある:
- 雇用主側が事前に申請し、労働市場で米国人労働者が確保できないことを証明しなければならない。
- ビザは一時的・季節的労働に限定されており、通年雇用は不可。
- 労働者自身が個人で申請できず、雇用主に依存する。
- ビザ発給数は制限されており、審査にも時間がかかる。
技能や語学のハードルというより、制度の使い勝手やアクセスの悪さが問題なのである。
2. 制度的障壁:柔軟性と可視性の欠如
アメリカのH-2A制度は、合法的な農業労働を可能にする数少ない手段であるにもかかわらず、労働者にとって極めて柔軟性に欠ける。労働者は特定の雇用主に縛られ、雇用契約が終了すると滞在資格を失う。また、家族の同伴や転職も原則認められていない。
これに対して、日本の特定技能制度では、在留資格としての独立性がある程度担保されており、複数の受け入れ機関を経由してキャリアを形成できる。また、制度そのものが国の主導で整備されており、情報へのアクセスが比較的容易である。
一方、アメリカでは、多くの不法移民が口伝や地域ネットワークに頼って仕事を得ており、合法化のための制度に関する正確な情報が届いていない、または制度自体が複雑すぎて活用できないという現状がある。
3. 経済的インセンティブと雇用主の姿勢
雇用主側にも不法移民に依存する強い経済的インセンティブがある。アメリカの農業は、低賃金で過酷な労働に支えられており、合法的な労働者に対しては最低賃金や労働条件の遵守が求められるため、コストが高くつく。
H-2A制度では、政府による賃金の設定(Adverse Effect Wage Rate)があり、これが地域の最低賃金よりも高いケースが多い。そのため、雇用主にとってはH-2A労働者を雇うよりも、法的リスクを承知で不法移民を雇った方が短期的な利益につながるという構造的問題がある。
4. 歴史的背景と移民政策の矛盾
アメリカは長らく中南米からの移民労働力に依存してきた。特にメキシコとの国境沿いの州では、季節的に出稼ぎに来る移民労働者を暗黙の了解で受け入れてきた歴史がある。ところが、9.11以降の安全保障の強化や、トランプ政権以降の移民規制強化により、不法移民への取り締まりが強化される一方で、合法的な移民制度の整備は後手に回っている。
こうした政策の矛盾が、不法移民の合法化をますます困難にしている。たとえ技能や語学の条件をクリアできたとしても、移民法の壁が大きく立ちはだかる。
5. 社会的リスクと不信感
さらに、不法移民にとっては、自らの身分を明かすこと自体が大きなリスクとなる。合法化のプロセスに乗るためには、身元の提出、過去の滞在履歴の説明、雇用記録の提出などが求められるが、それによって逆に強制送還のリスクが高まる。
また、言語的・文化的バリアだけでなく、制度や当局への不信感も根深く、たとえ制度があってもそれを活用するモチベーションが湧かないという声も多い。
結論
以上のように、アメリカにおいて不法移民が合法的な農業労働者となるには、単に技能や語学の条件をクリアするだけでは不十分である。制度の設計そのものが使いにくく、経済構造が不法労働に依存しており、かつ移民政策が制度的な出口を用意していないことが、最大の障壁である。対照的に、日本の特定技能制度は、制度的に整備されている点でアクセス可能性が高く、ある意味で「技能や語学さえクリアすれば道が開ける」というフェアな仕組みとなっている。
ゆえに、「技能試験や語学レベルがそれほど高くなければ合法化も簡単なはずだ」という見方は、アメリカの農業労働者を取り巻く制度的・構造的・歴史的複雑性を見落としたものであり、問題の本質はむしろ制度の硬直性と政治的意思の欠如にあるといえる。