この研究(権威主義に適合する文書はEU移民に対する英国の態度を変える 2025-09-12 Nature)が示す最大の示唆は、「人々の移民に対する態度は、固定されたものではなく、適切に設計されたメッセージによって変容し得る」という点であり、これは日本の社会・政治にとっても非常に重要な意味を持ちます。以下では、本研究の内容を踏まえ、日本における移民政策、社会的受容、政治的コミュニケーションの観点から、3000文字程度で論じます。
1. 日本における移民・外国人労働者の現状
日本は長年、「単一民族国家」や「移民を受け入れない国」とされてきましたが、現実には多くの外国人が暮らしています。特に近年は、技能実習生制度や特定技能制度を通じて、東南アジアを中心とした多くの外国人労働者が受け入れられています。2023年には在留外国人数が過去最多を更新し、今後も高齢化と人口減少に伴って、外国人労働者への依存はさらに高まると見込まれています。
しかし、外国人に対する日本人の態度には根強い警戒感や抵抗感もあります。特に地方では、「治安の悪化」「文化的な違和感」「同化の困難さ」といった懸念が挙げられることが多く、外国人に対する差別や偏見も報告されています。こうした状況の中で、いかにして社会全体として外国人を受け入れ、共生を図るかは、きわめて大きな課題です。
2. 態度変容の可能性と政治心理学的アプローチ
今回の英国の研究が示したのは、「移民に否定的な態度を持ちやすい層」であっても、自分たちの価値観(秩序、勤勉、伝統、衛生、安全など)と整合する形で語られる移民像には共感しやすい、という点です。これは政治心理学における「権威主義傾向」に関連する知見を活用しており、日本でも応用可能です。
日本でも、「外国人は文化が違う」「日本の秩序を乱すのではないか」といった懸念を持つ人は少なくありません。しかし、もし外国人が「日本のマナーや規律を尊重している」「一生懸命働いて地域社会に貢献している」「伝統文化を大切にしている」といった姿で描かれたならば、そのようなメッセージは否定的な態度を和らげる可能性があります。
この研究が使った「説得のフレーミング(枠組み化)」の手法は、広告やマーケティングの世界では一般的に知られていますが、政治的・社会的なメッセージにおいても有効であることを示しています。特に、日本のように社会的な同調圧力や規範意識が強い国では、「皆がそう思っている」「これは社会的に望ましいことだ」といったメッセージの効果が大きいと考えられます。
3. 日本の文脈に合わせた応用の可能性
英国の研究では、ポーランド出身の看護師という人物設定が用いられましたが、日本においては、例えばベトナムやフィリピン、ネパールなどから来た介護福祉士や建設労働者などが、その対象になり得ます。彼らは日本の社会において不可欠な役割を担っており、現場では日本人と共に働き、時には文化的障壁を乗り越えて地域に溶け込んでいます。
そのような実例に基づいたストーリーを用い、「この人たちは単なる労働力ではなく、日本社会の秩序と安全、福祉を支えている」というメッセージを発信することは、特に保守的な層や権威主義傾向の高い層に対して効果的であると考えられます。
また、行政やメディアが「国としての戦略的選択としての外国人受け入れ」であることを明確に伝えることで、感情的な反発を抑えつつ、理性的な理解を促すことができるでしょう。
4. 政策・コミュニケーションの観点からの提案
この研究を踏まえて、日本政府や地方自治体、さらにはメディアが取り組むべきこととして、以下のような提案が考えられます。
- 外国人に関する広報のフレーミング戦略の見直し
単に「多様性は素晴らしい」と訴えるだけでなく、秩序・勤勉・貢献・伝統への敬意といった日本的価値観に訴える表現を工夫する。 - 実在の外国人労働者をモデルとしたポジティブな物語の発信
介護や医療、農業、建設など、現場で真摯に働く外国人の姿を紹介し、共感や尊敬の念を喚起する。 - 社会的規範に訴えるメッセージ
「多くの日本人が、地域で働く外国人を歓迎しています」といった社会的同調を喚起するようなデータや表現を用いる。 - 保守的な層を含む広範な対象への共通価値の訴求
「家族を大切にし、地域を守り、真面目に働く人々」という価値観を共有することの重要性を強調する。 - 学校教育や公共広告における多文化共生のリアルな描写
「移民=異質な存在」ではなく、「地域社会の一員として共に暮らす存在」であることを、日常的なシーンを通じて伝える。
5. 倫理的留意点と今後の研究
ただし、説得的コミュニケーションは常に倫理的な問題を含みます。「相手の心理的傾向に合わせてメッセージを操作すること」は、一歩間違えればプロパガンダにもなり得ます。そのため、こうしたアプローチを採用する際には、情報の正確性や誠実さ、透明性が確保されなければなりません。
また、英国の研究が示したのはEU移民に対する態度であり、より文化的距離のある地域からの移民(例:イスラム圏、アフリカ諸国など)に対する態度にも同じ効果が見られるかは、今後の研究が必要です。
結論
この英国の研究は、日本における外国人受け入れ政策の社会的基盤を強化するうえで、有効な知見を提供しています。「日本人の移民に対する態度は変えられない」という諦念ではなく、「人間の態度は心理的・社会的な働きかけによって変わり得る」という前提のもとで、説得的・共感的なコミュニケーションを行うことが、これからの多文化共生社会の鍵になると考えられます。