1. 欧州における移民政策の変容

1.1 境界から職場へ — 制御の焦点のシフト

欧州では従来のように「国境で入国を制限する」政策から、「入国後の就労環境を厳格に管理する」政策へと、制御の焦点が移動している点が注目されます(From borders to workplaces: How Europe is reinventing immigration control 2025-08-28 InfoMigrants)。たとえばオーストリア、ドイツ、アイルランド、イギリスなどでは、既に入国した移民に対して以下のような就労制限が導入されています:

  • 雇用主が募集前に国内の求職者がいないことを証明する「ジョブ・マーケット・テスト(求人空所テスト)」
  • 高い賃金や資格基準の設定
  • 特定の雇用主に結びつけて就労を制限する条件付与
  • 難民申請者に対しては就労まで長期間(数ヶ月〜1年程度)の待機期間を設けるケースもあります。

こうした政策は、国境での遮断と比べて“柔軟”なように見える一方で、実質的には移民の経済的活動を著しく制限し、その移動の自由や労働の選択肢を狭める効果もあります。

1.2 選別と保護主義の強化

この種の「職場における選別的制約措置(Migrant Labour Market Competition Measures:MCM)」は、雇用競争を巡る国内政治的圧力に応じて導入されてきたものであり、その背景には「地元労働者への影響を緩和したい」という社会的期待があります。一方で、欧州連合(EU)は、一定の基準・最低権利(最低給与・待機期間等)を定めることで、加盟各国の政策に歯止めをかける役割も果たしています。

すなわち、「保護しながら、吸引する」政策バランスを模索している構図です。高度技術者などを歓迎する一方、一般労働層に対しては締め付けを強めるという「二層構造」の政策といえるでしょう。


2. 日本における適用可能性と現状の照応

2.1 日本の移民・就労政策の状況

現在の日本では、人口減少や少子高齢化に対応するため、介護・建設分野などを中心に外国人材の受け入れが進んでいます。政府は特定技能、技能実習、留学生の在留資格等を通じて、労働力確保を図っています。
一方で、欧州のように「高賃金・高スキル移民は歓迎するが、低スキル層には制約を設ける」といった明示的な職場選別政策は現時点であまり見られません。ただし、技能実習制度や特定技能制度には、実質的な雇用主特定や業種制限、在留資格の縛りといった制限要素が含まれており、ある程度似通った構造も存在しています。

2.2 欧州型の政策を日本に適合させる際の示唆

(1) 労働市場のニーズと人材活用のバランス

欧州ではMCMが導入される背景には、「市場のニーズを満たしつつ、地元労働者との競合を抑えたい」という政治的圧力があります。日本でも同様の圧力が強まるなかで、人手不足分野への迅速な対応や国際競争力維持のためには、欧州のような“職場中心型制御”が示す「選別的受け入れ」の仕組みが参考になります。

例えば、日本の介護業界では即戦力が求められている一方、低賃金環境や待遇への懸念も根強いです。ここで「賃金水準の下限設定」「一定期間は特定事業者に限定」などの欧州型制限は、現地労働者の反発を抑えつつ、受け入れの柔軟性を担保する可能性があります。

(2) EUのような「最低ラインの権利保証」の考え

EUでは、移民にも一定の権利や手続きを保障することで、加盟国間の政策の過激化を防ぐ仕組みがあります。日本にはそのような制度的抑制や“オーバーコントロール”を防ぐフレームが弱いため、今後制度設計において参考にできる点です。例えば、入国後の職場に対する最低限の待遇保証や、資格・技能の説明責任を制度化することが検討できるでしょう。

(3) 高度人材と一般技能人材の二層構造と社会的受容

欧州は高度スキル人材をポイント制などで積極的に誘致する一方、一般技能層へのフィルタリングを強化しています。日本でも、高度外国人材への受け入れは促進されてきましたが、特定技能や技能実習などの仕組みでは社会的摩擦や人権的課題も顕在化しています。欧州の経験を踏まえれば、二層構造を意識した制度設計の中でも、下位層への保護(権利擁護)と透明性の確保を重視すべきであり、規範的な整備が重要です。

(4) 政治的安定確保のための「外向け戦略」

欧州では、MCM導入は国内政治への対応策として導入される側面がありました。同様に、日本でも移民受け入れ推進が政治的に波を伴う中で、欧州型の「選別的制御+説明責任」を整備すれば、受け入れ継続への社会的安定を図る効果が期待できます。


3. おわりに:日本的制度への応用の可能性

欧州の「国境から職場へ」という移民制御の転換は、「制限を設けながらも、必要な労働力は受け入れる」という現実対応として、制度的に洗練された手法といえます。日本においても、今後の少子高齢化への対応や国際競争力確保の観点から、単なる入国制限だけではなく、以下のような多層的戦略が有効です:

  1. 職場における受け入れ基準の明確化:給与や資格、待機期間など、一定の制限と明示的なルールを設け、地元との摩擦を緩和しつつ制度への信頼を高める。
  2. 最低権利保証の制度構築:労働者の保護や制度の透明性を確保するために、EU的な“最低ライン”を法制度化。
  3. 高度人材と一般技能労働者のバランス設計:両者の間で制度設計や説明責任を明確にし、下位層への人権および労働条件の保護を強化。
  4. 政治社会の安定化に向けた制度的整備:移民受け入れの社会的受容性を高めるため、説明責任、モニタリング、見直しのフレームを整備し、政策が揺らぎにくくする。

欧州の政策の進化は、我が国が人口・経済格差を埋めるだけでなく、権利を守り、政治的・社会的正当性を維持する在留政策への示唆になり得ます。

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投稿者: kenjin

行政書士の西山健二と申します。 外国人の方々が日本で働き、暮らすために必要な在留資格の各種申請手続を支援します。