1. はじめに:米国の取り組みと記事の要点
2025年、米国ノースダコタ州にあるノースダコタ大学(UND)では、「移民法クリニック」が立ち上げられました。この取り組みは、州全体で深刻化する労働力不足、ならびに移民法に通じた法律専門職の慢性的な不足に対処するためのものです。
UND移民法クリニックは、法科大学院生が指導教員のもとで実際の移民案件を担当することによって、実務経験を積みながら社会的課題の解決に貢献できる場となっています。同時に、将来的に地域に法曹人材が定着することも狙いです。
このアプローチは、米国においても非常に戦略的かつ挑戦的な取り組みであり、法的支援の供給力を高めるとともに、移民の社会参画を後押しするものであると言えます。
このような取り組みは、我が国・日本にとっても極めて参考になる側面を含んでいますが、そのまま導入するにはいくつかの高いハードルも存在します。以下にその示唆と課題、そして少しでも参考となる可能性のある点を丁寧に検討していきます。
2. 日本における現実的なハードルとその整理
(1)法科大学院・法教育の位置づけの違い
UNDの移民法クリニックは、実務教育の一環として法学生が現場の案件に関与する仕組みですが、日本の法科大学院ではこうした臨床法教育(クリニック型教育)はごく一部にとどまり、制度的にも限界があります。法曹養成のプロセスは国家試験主導で、大学教育に裁量が乏しいため、「実務経験を積ませながら社会課題に貢献させる」という教育理念の実現には制度面からの改革が必要となります。
(2)法的専門職の資格構造
米国では法曹資格(弁護士)の幅が広く、公共的活動への参加も制度的に後押しされています。一方、日本では弁護士資格の取得が難関であり、また人員が都市部に偏在しているため、地方の支援体制構築は困難を極めます。
加えて、日本の法制度では弁護士以外の法的支援職(特に行政書士)も一定の在留・出入国管理関連業務を担っていますが、これらの職種の育成とガバナンスには未整備な部分もあります。不適正案件の温床になるリスクもある一方、真面目な行政書士が地域の外国人支援を長年担っている実態も無視できません。
(3)移民受け入れへの社会的合意の違い
米国では「移民が経済を支える」という共通認識が根強くありますが、日本では移民に対する社会的な不安や抵抗感も根強く、法制度としても「移民政策を採っていない」という立場が長く続いてきました。労働力確保のための技能実習制度や特定技能制度はあるものの、永住や地域定着を前提とした「移民」政策としては制度設計されていません。
3. それでも学べる、参考にできる視点とは
こうした制度的・文化的な違いがある中でも、UND移民法クリニックの取り組みから日本が学べる点は少なくありません。特に以下のような視点で応用可能性を探ることができます。
(1)法的支援者層の広がりを活かす発想
日本では弁護士の人材供給が限られているため、行政書士、社会福祉士、通訳者、NPOスタッフといった多様な支援職を連携させた「地域型リーガルサポート体制」の構築が鍵になります。
行政書士は在留資格手続に関与できる法定職種であり、研修制度の拡充、倫理規範の強化、連携体制の明確化によって、適切な法的支援者としての役割を担わせることができる可能性があります。UNDが「不適正業者による被害リスク」に触れているように、制度的に支援者の質を担保しつつ供給量を増やすことが求められています。
(2)大学・自治体連携のモデルづくり
日本の法学教育機関や専門職大学院が、地方自治体や国の出入国在留管理機関、地元の中小企業と連携し、「外国人労働者支援」「地域定着サポート」「制度教育」のプログラムを作ることは、今後十分検討に値します。
例えば、行政書士・司法書士と連携した「地域外国人相談窓口」を大学が監修・実習場所とすることや、法科大学院が企業と共同で「雇用契約・在留資格手続きに関する法的チェック支援」を行う体制などが考えられます。
(3)実務教育と社会課題の接続
日本でも臨床法教育の重要性は広く認識されつつあります。法科大学院改革の一環として、弁護士や行政書士の指導のもと、学生が模擬ではなく実際の行政手続に関与するクリニック型授業を拡充することで、「教育」「法的支援」「地域定着支援」を同時に進める可能性があります。
UNDのように、学生が「現場」で生身の依頼者と接し、制度の矛盾や改善点に触れる機会は、将来的な公共志向の法曹人材を育てるうえで極めて重要です。
(4)国・自治体による財政支援のあり方
UND移民法クリニックには州議会からの財政支援がついています。日本でも、地方自治体が「多文化共生基本計画」に基づいてこうしたプログラムを大学と協働で立ち上げることに対し、交付金等を通じて安定的な運営支援を行う制度的枠組みが検討されるべきです。
単年度の委託事業ではなく、中長期的な視点での制度的支援が必要とされます。
4. おわりに:理想の輸入ではなく、現実に合った翻訳を
米国UNDの移民法クリニックは、大学教育、移民支援、地域社会の課題を統合的に解決する試みとして極めて先進的であり、我が国にとっても刺激的なモデルです。しかし、そのまま移植するには多くの構造的課題があります。
それでも、日本の法的支援体制を弁護士に限らず行政書士等の専門職も含めて再設計し、大学・自治体・NPOと連携しながら、支援の現場を育てていくという観点に立てば、多くのヒントが得られるはずです。
日本が移民政策をどう制度化していくか、そしてそれにふさわしい法的支援体制と人材育成をどう整えるか。UNDの試みは、「制度の制約の中で、それでも前に進む」ための知恵を与えてくれます。私たちもまた、完璧な制度を待つのではなく、使える資源と人材を最大限活かし、少しずつでも構造を作っていく必要があるのではないでしょうか。