“不法就労”の「外国人労働者」が日本経済を支えてきた? 入管も“黙認”してきたが…「取り締まり強化」に舵を切った“ターニングポイント”とは(2025-08-24 弁護士JPニュース)が言及する「マクリーン判決」の概要、司法判断の変遷について記述します。
1 事案の概要
マクリーン事件とは、昭和53年10月4日に最高裁大法廷が下した判決で、外国人の憲法上の権利保障の範囲をめぐる代表的な判例です。事案の背景は、アメリカ国籍を有するマクリーン氏が日本に在留し、在留期間の更新を申請したところ、法務大臣がこれを不許可としたというものです。不許可の理由としては、マクリーン氏が日本国内でベトナム反戦運動や労働組合活動などの政治活動を行っていたことが考慮されていたといわれています。
これに対してマクリーン氏は処分取消訴訟を提起し、外国人であっても憲法上の基本的人権、特に表現の自由(憲法21条)が保障されるのであり、政治活動を理由とする在留更新拒否は違憲であると主張しました。これに対して国側は、外国人は憲法上の権利主体とはならず、在留の可否は国の裁量に委ねられると反論しました。
2 最高裁の判旨
最高裁は次のような判断を示しました。
- 外国人の人権享有主体性
外国人も「人」として憲法に保障される基本的人権の享有主体となり得るとしました。ただし、権利の性質上、日本国民にのみ認められる権利(参政権など)は保障されず、また外国人在留の可否や条件に関しては、法務大臣の裁量権により制約され得ると述べました。 - 在留管理と裁量
外国人の在留は国家主権に属する事項であり、法務大臣には広範な裁量が認められるとしました。したがって在留更新不許可の判断は、原則として違法とはならないとされました。 - 本件処分の適法性
本件については、処分が直接に政治活動を抑圧する目的で行われたものではなく、在留管理の一環として裁量的に判断されたものであるとし、表現の自由の侵害にはあたらないと結論づけました。
このように最高裁は、外国人の人権享有を一定程度認めつつも、それは「在留を許された範囲内」での限定的な保障にとどまるとしました。
3 マクリーン判決の意義
マクリーン判決は、次の二つの意味を持ちます。
- 一つは、外国人も憲法の「人」に含まれ、原則として基本的人権の保障を受けると明言した点です。これは当時として画期的でした。
- もう一つは、その権利享有を在留を前提とする範囲に限定し、国の在留管理に広範な裁量を認めた点です。
すなわち形式的には外国人の権利主体性を認めつつも、実質的には国家の裁量権を優先させた判例であるといえます。
4 その後の判例展開と「実体的判断過程統制審査」
マクリーン判決以降、裁判所は外国人の権利をめぐる紛争において、この枠組みを前提としながら、次第に裁量統制のあり方を洗練させていきました。特に注目すべきは、「実体的判断過程統制審査」という考え方の登場です。
(1)実体的判断過程統制審査とは
伝統的に裁量統制は、行政が事実を誤認したり、理由付けが欠けている場合など、形式的な違法をチェックするにとどまる傾向がありました。しかし、在留資格の不許可や更新拒否といった処分は、外国人の生活基盤や基本的人権に重大な影響を及ぼします。そのため、裁判所は単に形式的な審査にとどまらず、行政が考慮すべき要素を適切に考慮し、考慮すべきでない要素を排除して判断したかという「判断過程」そのものを実質的に審査する枠組みをとるようになりました。これが「実体的判断過程統制審査」と呼ばれるものです。
(2)運用の変遷
マクリーン判決は「法務大臣の広範な裁量」を強調しましたが、その後の判例や実務では、裁量に対してより厳格な審査が及ぶようになりました。たとえば、退去強制処分や在留特別許可の判断において、家族生活の保護や未成年子の利益、さらには国際人権規約上の義務などをどのように考慮しているかが問われるようになったのです。
このように、裁判所は行政の結論そのものに直接踏み込むのではなく、判断過程が合理的であるかどうかをチェックする形で、実質的な人権保障を図ろうとする方向へと進化しました。
5 具体的判例の展開
(1)社会権・参政権の制限
- 生活保護請求事件(最高裁平成26年判決)
永住外国人が生活保護法に基づく保護を受けられるかが争われましたが、最高裁は「生活保護法は国民を対象とする」と判断しました。もっとも、実務上は永住者等への準用が続いています。 - 外国人地方参政権訴訟(最高裁平成7年判決)
永住外国人に地方選挙権を認めるべきかが争われ、最高裁は参政権は国民固有の権利としました。ただし、立法により付与することまでは憲法が禁止していないとしました。
これらはマクリーン判決の「権利の性質上、国民に限られる」理論を具体化したものです。
(2)労働基本権・表現の自由
- 労働組合事件では、外国人であっても労働者であれば労組法上の権利主体となるとされ、団結権は広く認められています。
- 表現の自由についても、在留を前提とする限り、外国人がデモや集会に参加することは憲法上保護されると理解されています。
これらは、自由権的側面では外国人の権利を積極的に承認する方向を示しています。
(3)退去強制・在留特別許可における統制
退去強制や在留特別許可の場面では、家族の結合権や児童の利益を考慮すべきとの議論が高まり、「実体的判断過程統制審査」が強調されるようになりました。裁判所は、法務大臣が考慮要素を適切に吟味しているかをチェックし、不合理な要素排除や不十分な考慮がある場合には違法と判断する可能性を示しています。これは、外国人の人権保障を形式的に否定するのではなく、裁量の過程を精査することで実質的な人権保護を図る方法といえます。
6 学説の評価と課題
マクリーン判決は、外国人の人権主体性を公式に肯定したという点で意義深いと評価されます。他方で、権利の保障を在留の許可に従属させた点については批判が強く、今日では国際人権規範との整合性が問題視されています。
「実体的判断過程統制審査」の展開は、こうした限界を克服しようとする司法の工夫であり、行政裁量を尊重しつつも外国人の人権保護を充実させるための一つの方途です。しかし、裁量審査にとどまるため、結論にまで十分に踏み込めないという限界も指摘されます。
7 まとめ
マクリーン判決は、外国人の人権保障論における出発点となった判例であり、外国人も原則として人権の主体であると認めつつ、その享有を在留の可否に従属させた点で限定的なものでした。その後の判例は、この理論を前提に、参政権や生活保護などの社会権については制限を明確にし、表現の自由や労働基本権などについては保障を広げる傾向を示してきました。さらに、退去強制や在留特別許可に関しては、「実体的判断過程統制審査」という枠組みを通じて、行政裁量に対する実質的な統制が展開され、外国人の人権保護が漸進的に進められています。
このように、マクリーン判決は外国人の権利保障論において「限定的肯定」という両義的な性格を持ちながら、その後の理論的発展の基礎となり、今日では「判断過程統制」を通じた権利保障の深化へと道を開いた過渡期の判例として位置づけられるのです。