「国へ帰れ」と迫られても…フィリピン帰国拒むトランス女性、「難民認定」求めて法廷に立つ(2025-08-23 弁護士ドットコム)を以下に要約します。
フィリピン出身のトランスジェンダー女性・アイコさん(仮名、47歳)は、迫害の恐怖から帰国できず、日本で難民認定を求めて裁判を起こしている。幼少期から家族や社会からの差別・暴力、性被害を受け、自殺未遂も経験。来日後も在留資格を失い、仮放免状態で強制送還の不安に苦しんでいる。
裁判では、代理人弁護士が「社会的集団としての迫害」に当たると主張する一方、国側はフィリピンでのLGBTQの地位向上を根拠に反論している。支援者は「命の危険があるからこそ日本で保護すべき」と訴え、妹家族との生活も彼女の支えとなっている。
アイコさんは「同じように苦しむ人々や支援者のために闘う」と決意を示しており、勝訴すればトランスジェンダーの権利をめぐる画期的な判決になる可能性がある。
トランスジェンダーや性的少数者であることを理由とした難民(または在留認定)事例には内外でどのようなものがあるのでしょうか。
1. 日本における事例と現状
1.1 画期的な認定:ウガンダ出身の女性
- 事例概要
大阪地方裁判所は2023年3月、「ウガンダでレズビアンであることを理由に迫害される恐れがある」と主張するウガンダ出身の女性に対し、日本で初めて性的少数者であることを理由に難民認定を形成する司法判断を下し、政府による難民認定を差し止めて認定を命じました 毎日新聞朝日新聞。 - 根拠の詳細
この女性は、2017年にウガンダで同性愛者であるとして警察に逮捕され、棒で殴られるなどの暴行を受けた経験を写真付きで提出し、裁判所は「ウガンダでは同性愛者に対する国家機関の抑圧的な態度がある」として、帰国すれば再び暴力を受ける恐れがあるとして認定しました 朝日新聞毎日新聞。 - 影響と意義
この判決は、日本における性的少数者の難民申請において、実質的な審査と判断が進んだ重要なケースとされています。「証拠そのものを丁寧に見て、『迫害される恐れ』を認定した」と評価されており、今後の難民制度にとって高いハードルを少し下げる可能性があるとみられます Nippon Bridge毎日新聞。なお、日本では難民認定率が非常に低い国であり、こうした判決はきわめて例外的です 毎日新聞Unseen Japan。 - 背景の制度課題
日本は1951年難民条約加盟国ですが、難民認定率は1%未満と極端に低く、多くが却下されたり長期の仮放免状態に置かれたりします 毎日新聞Unseen Japan。性的少数者への理解や制度上の整備も遅れており、裁判所の判断に頼らざるを得ないのが現状です。
1.2 その他、日本におけるLGBTQ・トランスジェンダー関連の動き
- 在留資格の付与(長期滞在)
2019年に東南アジア出身のトランスジェンダー女性が、日本での長期住居権を付与された最初の事例があります The Japan Times。この事例は、性的少数者としての地位を認めた画期的な措置でした。 - 法的性別変更と強制的な不妊化手術の廃止
日本では、長年にわたり戸籍上の性別を変更する際に不妊手術を義務付ける制度がありましたが、2023年、最高裁がこの制度を違憲と判断しました。また、岡山家庭裁判所において、不妊手術を行わず、ホルモン療法だけで性別変更を認めた初の判決も出されました AP Newsヒューマン・ライツ・ウォッチ。 - 職場におけるトランスジェンダーの権利保護
政府職員として勤務するトランスジェンダー女性が女性用トイレの使用をめぐって争った裁判で、最高裁が本人の性自認を尊重する判断を下し、使用権を認めました ヒューマン・ライツ・ウォッチ。
2. 他の先進国におけるトランスジェンダー・LGBTQを理由とする認定事例
2.1 英国:合理的な隠蔽を強いる「許容可能な範囲」テストの見直し
- HJ and HT v Home Secretary(2010年)
イランとカメルーン出身の2人の同性愛者を巡る訴訟で、英国最高裁は、「帰国後に性的指向を隠すことが許容されるか?」という『合理的に耐えられるか(reasonable tolerability)』というテストは、難民認定に適切ではないとし、原判決を取り消しました ウィキペディア。これは性的少数者の権利保護における重要な判例です。
2.2 北欧・デンマーク:トランスジェンダーの認定率が高い傾向
- デンマーク控訴委員会の統計(2002–2021年)
性的指向・性自認に基づく申請(SOGIE:Sexual Orientation, Gender Identity and Expression)のうち、トランスジェンダー申請は比較的少数(10件)ですが、そのうち40%で初回却下が覆る認定となったとの統計があります Frontiers。他の性的少数者より高い認定率を示しています。
2.3 カナダ:性的少数者を「特定の社会集団」として明記
- Canada (AG) v Ward(1993年)
カナダ最高裁は、女性・子供・性的少数者を明確に「特定の社会的集団(PSG)」として保護の対象と認めました。この判決以降、性的少数者に対する迫害が難民認定の対象となる根拠が強まりました ウィキペディア。
2.4 EU・欧州全体の法制度の発展
- Goodwin v UK(2002年)
ECtHR(欧州人権裁判所)は、トランス女性が戸籍の性別変更ができず、差別的取り扱いを受けた事例で、英国政府の対応がプライバシー権・結婚権の侵害にあたると判断しました ウィキペディア。この判決は欧州における法的な認識改善につながりました。
2.5 その他、国際的な注目事例
- Eliana Rubashkyn(国連・ニュージーランド)
コロンビア出身のトランスジェンダー(インターセックス)のRubashkynさんは、香港にて難民認定を受けるが帰化が認められず、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が性自認を「女性」として認定しました。さらにニュージーランドへ再定住し、ジェンダーの国際的認知事例のパイオニアとなりました ウィキペディア。
2.6 英国:非バイナリーの難民認定事例
- Redditに投稿されたユーザー体験から、エルサルバドル出身のノンバイナリー難民が英国で難民認定されたという事例があります。暴力的な社会環境から逃れた申請で受理され、「生まれ変わったように感じた」といった感想が寄せられています Reddit。
2.7 オランダ:米国出身トランス女性の申請
- **2025年の報道(ロイター)**では、米国出身のトランス女性が、トランプ政権下の政策による自己の安全への懸念を理由に、オランダへ亡命申請しており、「極端な社会的機能障害を伴うほどの差別が証明されなければ例外的扱いはできない」という現地当局の対応が紹介されています Reuters。
2.8 英国:性的少数者を理由とする国外退去措置の棄却
- 同性・トランス身分での英国在留をめぐる事例(2025年7月報道)
バングラデシュ人やアルジェリア人の男性が、“ゲイ”あるいは“トランスジェンダー”的性自認により母国で迫害されるリスクを訴え、ホームオフィスによる国外退去処分を覆す判決を得た例が報じられています ザ・タイムズ。
3. 比較まとめ:日本 vs 他国の取り組み
比較項目 | 日本 | 他の先進国(欧米など) |
---|---|---|
制度の成熟度 | 例外的な司法判断が中心。制度整備・認定率ともに低水準。 | 制度・判例とも充実。性的少数者を保護対象に明記し、認定率も相対的に高い。 |
司法判断の事例 | ウガンダ出身レズビアンへの難民認定(2023年)など、稀な判例。 | HJ and HT(英国)、Canada v Ward(カナダ)、Elianaケースなど多数。 |
認定基準・プロセス | 専用ガイド整備も進行中だが、証明の困難さ・制度の閉鎖性に課題。 | 明確な法的枠組み、多くの成功事例、制度的支援も充実。 |
社会的状況反映 | LGBTQ法整備や社会理解が遅れており、難民制度への反映も限定的。 | 憲法や人権法の整備が進んでおり、性自認・性的指向を認める風潮が制度に反映。 |
4. 結び:日本での今後に対する示唆
- 日本では、性的少数者(LGBTQ)の難民認定が進展し始めたとはいえ、制度の閉鎖性や社会的な偏見、証拠収集の難しさなど課題が山積しています。
- 一方、欧米諸国ではすでに性的指向や性自認を理由とした難民認定の枠組みが整備されており、高裁・最高裁レベルの判例も蓄積されています。
- 日本においては、今回の大阪判決のような「過去の実体験を反映した司法判断」がさらなる公的ガイドラインや制度改革の契機となる可能性があります。
- また、トランスジェンダー当事者が法的性別を変更できる仕組みや職場での権利保護など、社会全体の改善が難民制度にも波及していくことが期待されます。