はじめに
日本は自然災害の多い国であり、地震・台風・洪水などの非常時において、命を守るための情報が正確かつ迅速に伝わることが重要である。だが、日本語を母語としない外国人住民にとって、災害時の情報はしばしば理解困難であり、避難行動の遅れや孤立を招く恐れがある。読売新聞の記事(2025/4/16)にもあるように、母国語での支援体制は不可欠であり、国や自治体だけでなく、地域コミュニティの役割も極めて大きい。
本稿では、過去の災害において行われた外国人支援のうち、特に母国語による支援の事例を取り上げ、国・自治体による支援と地域コミュニティによる取り組みの両面から考察する。
1. 阪神・淡路大震災(1995年)の教訓と地域ボランティアの活動
1995年の阪神・淡路大震災では、多くの外国人住民、特に在日韓国・朝鮮人、中国人、ベトナム人らが被災した。しかし、当時は行政による多言語支援体制がほとんど整っておらず、必要な情報が彼らに届かなかった。避難所での言語の壁や文化的差異により、外国人が支援から取り残される事態が多く見られた。
その中で注目されたのが、地域の市民団体やボランティアの自発的な支援活動である。神戸市長田区では、地域の韓国・朝鮮系住民団体や中国人コミュニティが、独自に通訳支援や生活物資の提供、避難所での調整役を担った。また、大学の留学生が自らボランティアとして他の外国人を支援した事例もある。これは、当事者による相互支援=「共助」の重要性を示す先駆的な事例といえる。
2. 新潟県中越地震(2004年)と地域国際化拠点の対応
2004年の中越地震では、新潟国際情報センター(NIA)が中心となり、英語・中国語・韓国語・ポルトガル語などで災害情報を発信した。センターは、日ごろから外国人住民と交流を持つ地域団体と連携しており、そのネットワークが災害時に有効に機能した。たとえば、外国人向けの避難所案内、翻訳された地震マニュアルの配布、電話や窓口での母語相談などが迅速に行われた。
地域コミュニティの支援も見逃せない。被災地の小千谷市や長岡市では、住民ボランティアと外国人が協力し、炊き出しや避難所の運営を支えた。また、日本語に不安のある外国人家庭に対し、近隣住民が自発的に訪問して情報提供や支援を行う場面もあった。災害時における地域のつながりが、言葉の壁を超えて機能した実例である。
3. 東日本大震災(2011年)における多言語支援と地域協力
2011年の東日本大震災では、外国人住民や技能実習生、留学生などが多数被災し、その支援体制の整備が急務となった。宮城県や福島県などでは、行政や国際交流協会による多言語での避難情報提供が行われ、やさしい日本語(簡略化した表現)も導入された。
仙台市では「仙台観光国際協会」が中心となり、地域住民ボランティアと協力して、外国人向けの情報センターを開設。外国語のニュース翻訳、避難所案内、医療機関の紹介などを行った。特に、外国人留学生が率先して母語での通訳を行い、地域の外国人コミュニティを支えたことは、住民参加型の支援の好例である。
また、いわき市ではフィリピン人コミュニティが自主的に支援活動を行い、同胞への情報伝達、救援物資の提供を母国語で行った。被災地で生活する外国人自身が「支援される側」から「支援する側」へと転じるこの流れは、地域コミュニティの持つ強い可能性を示している。
4. 熊本地震(2016年)とFMラジオ・地域国際交流会館の連携
2016年の熊本地震では、地元のコミュニティFM「FM791」が、災害発生後すぐに多言語で情報を発信。英語、中国語、ポルトガル語、韓国語などで放送を行い、避難勧告、水道・ガスの状況、医療情報を提供した。ラジオはスマートフォンでも聴取可能であり、多くの外国人が利用した。
同時に、熊本市国際交流会館では、地域ボランティアや外国人住民の協力を得て、避難所への通訳派遣や多言語資料の作成・配布を実施した。会館には、平時から外国人が集うネットワークが存在しており、その関係性が災害時に迅速な連携を可能にした。このように、地域密着型の拠点が多言語支援の中核を担った好例といえる。
5. 地域に根ざした平時からの取り組みの重要性
災害が起きたときに即座に母国語支援を行うには、平時からの備えが欠かせない。東京都江戸川区では、ネパール人やインド人など外国人住民の多い地域において、「外国人のための防災訓練」が定期的に開催されており、多言語マニュアルの配布や防災講座が行われている。また、静岡県浜松市では、外国人住民と日本人住民が一緒に参加する「多文化防災キャンプ」が行われており、言語の壁を越えた信頼関係づくりが進められている。
こうした地域コミュニティ主導の防災教育は、災害時における円滑な情報伝達や協力体制の基盤を築く上で、極めて重要である。
結論
母国語による災害時外国人支援は、命を守るうえで欠かせない要素であり、国や自治体による制度整備に加えて、地域コミュニティの果たす役割が極めて大きい。過去の災害事例を通じて明らかになったのは、平時からの関係性づくりと当事者の主体的な参加こそが、災害時の支援の質を決定づけるということである。これからの多文化共生社会において、母国語による情報提供と地域の共助体制の構築は、ますます重要性を増していくだろう。