世界の政治は、いま「安全」を強く求めています。
国境管理の強化、監視の拡大、取締りの厳格化。
それ自体は否定されるべきものではありません。
国家には、秩序を守る責任があるからです。
しかし――
その「安全」が、いつの間にか“恐れ”を制度化したものになってはいないでしょうか。
1.「危険な外国人」という物語
報道では、しばしば外国人による事件が強調されます。
SNSでは、不安や怒りが瞬時に拡散されます。
やがて、こうした言葉が社会に広がります。
- 「治安が悪化している」
- 「外国人が増えすぎた」
- 「厳しく取り締まるべきだ」
しかし、私たちは問う必要があります。
その議論は、
事実に基づく政策論なのか。
それとも感情に基づく物語なのか。
恐れは、強い政治的エネルギーを持ちます。
だからこそ、それは制度へと変換されやすいのです。
2.制度は“誰か”ではなく“全員”に作用する
ひとたび厳格化された制度は、
「悪質な者」だけに適用されるわけではありません。
それは、
- 真面目に働く技能実習生
- 地域で暮らす永住者
- 日本人と家庭を築いた配偶者
- 難民として逃れてきた人
すべてに、同じ構造で作用します。
制度は、個別の事情を十分に見ないまま、
一律に線を引く力を持っています。
恐れが制度になるとき、
その線はしばしば太く、硬くなります。
3.「排除の効率」と「社会の分断」
排除は、短期的には“わかりやすい解決”に見えます。
強く取り締まる。
厳しく罰する。
入国を制限する。
しかし、それは社会のどこかに
「疑われる側」と「疑う側」を固定化します。
報奨金制度(不法就労通報、茨城県が報奨金 全国最多も、差別助長の懸念 2026-2-21 共同通信)や通報奨励策のように、
感情を制度化する仕組みは、
社会の内部に監視の構造を生みます。
秩序は保たれるかもしれません。
しかし、信頼は削られていきます。
均衡共生モデルが重視するのは、
統制と包摂の均衡です。
統制なき包摂は無秩序になります。
しかし、包摂なき統制は、分断を深めます。
4.安全保障とは何か
「安全保障」という言葉は、
しばしば軍事や国境の強化と結びつきます。
しかし、社会の安全は、
人々の生活の安定からも生まれます。
- 安定した在留資格
- 予測可能な法運用
- 公平な手続保障
- 社会との接点
制度が信頼できるものであるとき、
人は地下化せず、社会の中で生きようとします。
それこそが、
長期的な安全保障の基盤ではないでしょうか。
5.恐れを超えるために
恐れそのものを否定する必要はありません。
人が不安を抱くのは自然なことです。
しかし、その不安をそのまま制度に変換する前に、
一度立ち止まる必要があります。
- それは統計に裏付けられているか
- それは比例原則を満たしているか
- それは社会の信頼を損なわないか
均衡共生モデルは、
理想論ではありません。
それは、
感情と制度のあいだに一線を引き、
秩序と尊厳を同時に守ろうとする
現実的な設計思想です。
結びに
恐れが制度になるとき、
社会は静かに形を変えます。
私たちは、どのような社会を選ぶのか。
強さとは、排除の強度ではなく、
均衡を保つ力ではないでしょうか。
次回は、
「安全保障」という言葉を、
武器だけでなく“人の安全”という観点から
改めて問い直します。