21世紀に入り、先進国を中心に少子高齢化が急速に進行している。特にヨーロッパ、日本、北米諸国では高齢化率が20~30%を超え、介護を必要とする高齢者人口が増大している。他方で、介護分野の労働は肉体的・精神的負担が大きい割に賃金水準が低く、国内人材の確保が難しい。こうした状況を背景に、多くの国では外国人労働者=移民が介護の担い手として不可欠な存在になっている。(移民と介護:高齢化するベビーブーマー世代を誰が介護するのか? Center for Retirement Research 2025-09-18)以下では代表的な事例としてドイツ、イタリア、カナダ、そして日本を取り上げる。
ドイツ:ポーランドなど東欧からの介護労働者
ドイツはヨーロッパの中でも特に高齢化が進んでおり、介護人材不足は社会的課題となっている。介護施設や訪問介護の分野では、ポーランド、ルーマニア、チェコといった東欧諸国から出稼ぎに来る介護労働者が多数を占める。特に「24時間ケアワーカー」と呼ばれる形態では、移民女性が高齢者の自宅に住み込みで介護・家事・買い物を担い、ドイツの高齢者ケアの基盤を支えている。
この仕組みはドイツ社会にとって不可欠である一方、労働時間が長く権利保護が不十分であることがしばしば批判される。2021年にはドイツ連邦労働裁判所が「24時間ケアワーカー」に最低賃金を保証するとの判決を下し、制度改善に向けた議論が高まっている。つまり移民は必要不可欠であると同時に、法的保護の整備が追いついていない現状も浮き彫りになっている。
イタリア:家事労働と介護の融合
イタリアでは「バドアンテ(badante)」と呼ばれる外国人介護労働者が高齢者ケアに深く組み込まれている。彼女たちは多くが東欧や南米、フィリピンなどから来ており、高齢者の自宅に住み込みで介護・掃除・食事作りを行う。
イタリアの特徴は、家族中心主義が根強く、公的介護施設の整備が十分ではないため、家庭内に移民労働者を迎え入れることが社会的に広く受け入れられている点である。統計によれば、イタリアで働く移民女性の大部分が介護・家事労働に従事しており、彼女たちがいなければ高齢者介護は立ち行かないとされる。
しかし、制度上の支援が限定的で、多くの「バドアンテ」が非正規労働者として働いている現実もある。2012年や2020年には政府が「正規化政策」を導入し、不法滞在状態にあった介護労働者に滞在許可を与える措置を取った。これは、移民の存在が社会にとって不可欠であることを政策的に認めた実例といえる。
カナダ:移民政策と介護プログラム
カナダは移民大国であり、介護人材の確保にも移民制度を積極的に活用している。特に「ケアギバープログラム」は有名で、外国人が高齢者や障害者のケアに従事することを条件に、数年間の就労後に永住権申請を可能とする制度である。フィリピン出身の女性を中心に数多くの移民がこの制度を利用し、カナダの家庭内介護を支えてきた。
この制度は、移民労働者にとって「介護を通じて永住権を得るチャンス」となり、同時にカナダ社会にとっては労働力確保策となっている。ただし、住み込み労働による私生活の制限や労働条件の不透明さが問題視され、2019年には制度改革が行われた。現在は、より労働者の権利を尊重しつつ、家族帯同も認める方向で改善が進められている。
日本:技能実習・特定技能と外国人介護人材
日本は世界でも最も高齢化が進んでいる国であり、介護人材不足は慢性的である。これに対応するため、2017年から外国人技能実習制度に「介護職種」が追加され、さらに2019年には新しい在留資格「特定技能1号」が創設された。これにより、フィリピン、インドネシア、ベトナムなどから多くの若者が介護現場に入っている。
当初は日本語能力や研修制度の不備が課題とされたが、実際には外国人介護職員が施設の重要な担い手となり、特に地方の中小規模の介護施設において不可欠な存在となっている。厚生労働省の統計によれば、2020年代半ばには数万人規模の外国人が介護分野で就労しており、今後も拡大が見込まれる。
他国と異なり、日本では永住や家族帯同につながりにくい制度設計が特徴であり、介護人材確保と移民政策の間にギャップが存在する。これが「人手不足の解消には役立つが、長期的な人材定着には結びつきにくい」との指摘を招いている。
総合的考察
以上の事例から見えてくるのは、移民が高齢者介護に果たす役割が「補助」ではなく、すでに不可欠な基盤になっているという事実である。ドイツやイタリアでは家族介護を補完する形で、カナダや日本では制度化された形で、いずれも移民なくして介護システムは成立しない。
同時に、共通する課題も浮かび上がる。第一に、労働条件の不安定さや権利保護の不足である。住み込み労働や長時間労働、非正規雇用など、移民はしばしば弱い立場に置かれる。第二に、制度と現実の乖離である。法的枠組みは存在しても、実際の職場では言語・文化の壁や差別が残っている。第三に、移民を「一時的労働力」としてのみ扱うのか、それとも「社会の一員」として長期的に受け入れるのか、各国で対応が分かれている。
介護は人間の尊厳に関わる領域であり、労働力としての移民を単に消費するのではなく、彼らを社会の構成員として受け入れ、権利を保障しつつ共生を進めることが今後の大きな課題である。
結論
ドイツの東欧出身労働者、イタリアの「バドアンテ」、カナダのケアギバープログラム、日本の技能実習・特定技能制度──これらは形は異なれど、いずれも移民が高齢者介護の最前線を支えていることを示す実例である。移民は単なる補助的存在ではなく、すでに介護の「屋台骨」となっている。その一方で、権利保護・制度設計・社会的受容といった課題が残されている。少子高齢化がさらに進行する中で、移民とともに持続可能な介護システムを築くことは、各国に共通する喫緊の政策課題といえる。