近年、日本における外国人の在留管理や難民認定をめぐる議論が活発化している。中でも埼玉県を中心に居住するトルコ国籍のクルド人に関する問題は、地域社会と政策の両面で注目を集めている。埼玉県の大野元裕知事が、トルコ国籍者に対する短期滞在ビザの免除措置を一時停止するよう国に要望したことが報じられた。(「参政党躍進と関係は」「不安の根拠示せ」大野知事に記者ら質問繰り返す トルコビザ問題 2025-07-29 産経新聞)これには「治安への不安」や「難民申請の乱用」といった理由が挙げられたが、一方で、統計的な裏付けの乏しさや人権上の懸念から批判も多く、議論を呼んでいる。

また、日本政府は、近く「日本版ESTA(電子渡航認証制度)」を導入する予定である。これは、渡航前にオンラインで簡易的な審査を行うもので、不審な人物の入国を未然に防ぐ効果が期待されている。本稿では、トルコ国籍者に対する査証免除の見直しの是非を検討するとともに、日本版ESTAがどのような意義と課題を持つのかについて論じる。


1. トルコ国籍者の査証免除停止の背景と問題点

現在、日本はトルコを含む多くの国に対して短期滞在ビザを免除しているが、これは両国の友好関係と観光・経済交流の円滑化を目的としている。ところが近年、トルコ国籍のクルド人による繰り返しの難民申請や仮放免によって、地域で不安が広がっているとする声が一部自治体から挙がった。

大野知事は、ビザ免除の見直しを「排除ではなく、他国と同様にビザ取得を求めるだけ」と説明しているが、これは事実上、特定国の国籍を持つ人々に対する入国障壁の強化であり、国際的にもセンシティブな問題である。

問題の本質は、トルコ国籍者の中でも特にクルド人とされる人々が、母国での迫害を理由に難民申請を繰り返し、日本に長期間滞在している点にある。しかし、日本の難民認定率は極めて低く、2023年には申請者のわずか1.5%しか認定されていない。トルコからの申請者は多くが不認定となるが、それでも仮放免の状態で就労も就学も許されず、不安定な生活を強いられている。この状況が地域住民との軋轢を生む原因にもなっている。

しかし、「治安の不安」という曖昧な感情に基づいてビザ免除を停止することは、排外主義的な印象を与えかねず、国際社会からの批判も招きうる。そもそも、クルド人に限らず、個別の行為に基づかずに集団として管理・制限することは、自由権や移動の自由、非差別の原則に抵触する可能性がある。

さらに、「犯罪増加の根拠となる統計はない」と大野知事自身が認めていることからも分かるように、この措置には客観的根拠が乏しい。治安の維持は重要であるが、それを理由に特定国籍者に過剰な制限を課すことは、法の下の平等を損なう。


2. 日本版ESTAに期待される役割とその限界

日本政府は、2025年にも電子渡航認証制度、いわゆる「日本版ESTA」を導入する予定である。これは、米国やカナダ、韓国などで既に実施されているもので、ビザ免除国からの渡航者に対し、事前にオンライン申請と簡易審査を課すことで、リスクのある人物の入国を抑制することが目的である。

この制度が導入されれば、形式的には査証免除を維持しつつも、安全保障や不法滞在対策の強化が可能となる。具体的には、過去の入国履歴、不審な渡航目的、犯罪歴の有無などをもとに、渡航の可否を判断することができる。

この点で、日本版ESTAは、ビザ免除の一律停止よりも合理的かつ柔軟な対応手段といえる。特定の国籍を一括して扱うのではなく、個人単位で審査を行うことで、真に危険性のある渡航者を排除し、誠実な訪問者の権利を損なわずに済む。

ただし、ESTAには限界もある。第一に、収集される情報の信頼性や正確性に依存するため、誤情報による入国拒否のリスクがある。第二に、形式的なチェックにとどまれば、実効性が低下する。第三に、審査過程の透明性や異議申立ての制度設計が不十分だと、人権上の問題に発展する可能性もある。

また、ESTA導入によって「表面上は自由な渡航が可能」と見せながら、実際には選別や監視が強化されるという批判も想定される。これは、政策の信頼性を損なう要因ともなり得る。


3. より持続可能な外国人政策に向けて

今後の日本の外国人政策において重要なのは、安全保障と人権保護、多文化共生のバランスである。トルコ国籍者へのビザ免除停止のような措置は、短期的な安心感を提供するかもしれないが、長期的には偏見や分断を助長し、社会の分裂を招く可能性がある。

その一方で、外国人の在留制度や難民制度の「隙間」によって地域社会に負担が生じているという実情も、無視できない現実である。日本はこれまで、難民政策を厳格に運用しつつも、代替措置として仮放免制度などで対応してきたが、これでは当事者にも地域にも負担が大きい。

したがって、制度の根本的な見直しとともに、外国人と地域住民が共に安心して暮らせる支援策――たとえば通訳や相談体制の拡充、日本語教育の強化、受け入れ企業との連携強化など――を包括的に進めていく必要がある。


結論

トルコ国籍者への短期滞在ビザ免除の一時停止は、治安維持や入国管理の強化を意図した措置であるが、根拠が不明確なまま国籍単位で制限を設けることには慎重であるべきだ。むしろ、個別審査を可能にする日本版ESTAのような制度の導入こそが、合理的かつ公平な管理手段となりうる。外国人と共生する社会の実現には、制限ではなく、制度の整備と相互理解の深化が求められる。日本社会が国際化の進展にふさわしい成熟を遂げられるかどうかが、今まさに問われている。

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投稿者: kenjin

行政書士の西山健二と申します。 外国人の方々が日本で働き、暮らすために必要な在留資格の各種申請手続を支援します。