我が国における外国人の在留審査や難民認定審査は、法務省出入国在留管理庁によって所管されており、申請者の出身国や滞在目的、在留資格の種類に応じて極めて多様な事案が日々処理されている。こうした審査業務は、制度的には「行政裁量」に基づく判断が広く認められてきた領域であり、伝統的には審査官の専門的知見や職権による個別判断が重視されてきた。

しかし、近年の司法審査の傾向や、行政手続きにおける説明責任・透明性の要請の高まりを背景に、行政庁の裁量を完全に信頼するという従来の構造は転換期を迎えている。特に、裁量権行使に対して「実体的判断過程統制審査」という新たな審査基準が求められている今日においては、行政判断のプロセスそのものが法的統制の対象となり、個別判断における合理性・客観性・一貫性がより強く求められるようになってきた。

こうした状況を踏まえれば、在留審査や難民認定審査におけるAI(人工知能)の活用は、単なる業務効率化を超えて、行政判断の正統性を担保するための有力な手段ともなり得る。以下では、まず「実体的判断過程統制審査」の意義について説明したうえで、その観点からAI導入の可能性と今後の展望を論じる。


1. 実体的判断過程統制審査とは何か

「実体的判断過程統制審査」とは、行政庁の裁量行使に対して、単に結論の合理性や違法性を判断するにとどまらず、その判断に至るまでの思考過程や論理構成が妥当であったか、適切な情報収集・評価を行ったかといった点に着目し、判断過程自体を審査対象とする考え方である。

従来、行政裁量が認められる分野では、裁量の逸脱・濫用が認定されない限り、行政庁の判断は尊重される傾向が強かった。特に在留審査や難民認定のように、国家の主権的判断に関わる領域では、「広範な裁量」が正当化されやすかった。

しかし、個人の基本的人権や国際人道法的義務が強く関与する現代の難民審査などにおいては、行政の一存に委ねるには限界があり、司法の場においても、単に「裁量の範囲内」であったかを形式的に確認するのではなく、その判断の過程が合理的で、適切な資料と基準に基づいていたかが重要視されるようになっている。

このようにして登場したのが「実体的判断過程統制審査」であり、これは判断に至る情報の収集過程、資料の評価、証拠との整合性、他事案との一貫性など、行政の思考手順全体を対象とするものである。この枠組みの下では、行政庁が恣意的・属人的な判断を行うことは許容されず、制度的にも技術的にも客観性と合理性を担保する仕組みが必要となる。


2. 在留・難民審査における裁量の限界と現実的課題

このような法的状況を踏まえると、在留審査や難民認定における行政裁量も、もはや無制限に広く認められる性質のものではない。特に難民認定制度においては、1951年の難民条約および1967年の議定書に基づく国際的義務が存在し、認定拒否に関する判断が恣意的であれば、国家責任を問われる可能性もある。

現実の運用においても、審査期間の長期化、申請者への対応の不透明さ、申請書類の処理の属人化といった問題が指摘されており、結果として「信頼される審査制度」の確立には程遠い状態にある。特に、難民認定率が先進国の中で極めて低いという我が国の状況は、国際的にも批判の的となっている。

また、入管職員の業務量の増加と、人的リソースの限界も深刻な課題である。多数の申請に対し、限られた人員が対応している現状では、どうしても審査の質の維持や、迅速な処理が困難となり、結果として不公正な判断や、冤罪的な不認定につながる可能性もある。


3. AI活用の意義と可能性

このような文脈の中で、AI技術の導入は極めて有効な手段となり得る。以下のような観点から、AIは在留審査・難民認定の両方に資することができる。

(1) 判断過程の記録と可視化

AIは、入力された情報に対して、どのようなロジックとアルゴリズムで処理を行ったかを記録することが可能である。これにより、個別審査における「判断の道筋」を明確に示すことができ、実体的判断過程統制審査に必要な「透明性」を確保できる。

(2) 同種事例の比較と一貫性の担保

AIは膨大な過去の審査データをもとに、類似事案と現在の申請を比較することができる。これにより、同様のケースにおいて異なる結論が導かれるといった不合理な運用を回避し、判断の一貫性と公平性を確保できる。

(3) 書類の自動読み取りとリスク評価

申請書類の内容を自動で読み取り、申請者の属性や証明資料を点数化・構造化することにより、職員による初期スクリーニングを大幅に軽減できる。また、虚偽申請や不整合の疑いがあるケースをAIが自動でフラグ付けすることにより、人的リソースの重点配分も可能となる。

(4) 業務全体の効率化

AIによる事務の自動化は、膨大な申請書類の処理を迅速化し、結果として申請者にとっての待機時間の短縮にもつながる。これにより、現状の数カ月から数年に及ぶ審査期間を大幅に短縮することが期待される。


4. 留意すべき点と導入に向けた課題

もっとも、AIの導入にあたっては以下のような慎重な対応も求められる。

  • 判断のブラックボックス化の回避:AIの判断ロジックが不透明であると、かえって判断過程の統制が困難になる。したがって、アルゴリズムの説明可能性(explainability)を確保することが必須である。

  • バイアスの学習防止:過去の判断が恣意的であった場合、AIがそのバイアスを学習してしまうリスクがある。特に、難民申請のような微妙な判断が求められる領域では、性別、人種、国籍といったセンシティブな属性によって無意識の差別的処理がなされることを避けなければならない。そのため、AI開発段階におけるデータ選別や学習プロセスの透明化、外部監査が不可欠となる。
  • 人間による最終判断の維持:AIはあくまでも補助的な判断支援ツールであり、最終的な判断は行政官によって行われるべきである。AIによる自動処理が進んだとしても、「人間の裁量」の意義をゼロにはできない。むしろAIの出す結果と人間の判断の間に差異がある場合には、その理由を丁寧に検討し、説明責任を果たすことが必要である。
  • 法的・倫理的枠組みの整備:AIによる行政判断の導入には、行政法上の位置づけ、個人情報保護との関係、異議申立て・不服申立て時の対応など、法制度全体の再設計が伴う。とりわけ、AIによる判断の誤りが個人の権利や自由に深刻な影響を与える場合には、救済制度を明確化しておくことが求められる。

5. 今後の展望と提言

在留審査および難民認定という分野は、国家主権と個人の人権が交錯する高度な行政領域であり、これまで以上に慎重な判断と透明な手続きが求められる時代に突入している。その中で、AIというテクノロジーを単なる効率化ツールとしてではなく、行政の正統性を支える構造要素として位置づけることが重要である。

具体的には、以下のような方向性で制度設計と技術導入を進めるべきであろう。

  1. AIによる判断支援モデルの試験運用と評価の公表
     まずは、在留資格の更新や就労系ビザなど、比較的定型的で争訟性の低い手続からAIによる判断支援モデルを試験運用し、その効果・問題点・改善策を公的に検証し、透明性のある形で公表することが望まれる。
  2. 「判断過程の可視化」機能の設計
     AIがどのような情報を重視し、どのようなロジックで判断を導き出したかを表示・記録する機能を実装することで、実体的判断過程統制審査への対応力を高める。こうした設計は、職員が最終判断を行う際の根拠資料としても活用できる。
  3. 外部監視・第三者評価制度の構築
     AIによる行政判断が偏りや差別的傾向を含まないように、第三者機関による監視や監査の仕組みを整備する。司法、学識経験者、外国人支援団体などを含む幅広いステークホルダーが関与することが望ましい。
  4. 国際的なルール形成への積極関与
     AIによる移民管理は、将来的に国境を越えた相互連携や共通ルールが必要となる領域でもある。日本はこれまで受け身であったが、先進的技術を基盤に制度設計を主導し、国際的な信頼を高めるべき段階にある。

結論

実体的判断過程統制審査という新たな法的枠組みの登場は、行政の判断にかつてないレベルの透明性と説明責任を求めている。在留審査や難民認定のような行政裁量の強い領域においても、その影響は極めて大きく、判断の属人性や恣意性を最小限にとどめる仕組みが求められるようになってきた。

こうした要請に応える形で、AIの導入は極めて有効な手段となり得る。申請者の公平な扱いを実現し、審査過程の合理性を担保し、さらに職員の負担を軽減することができれば、出入国在留管理庁の行政サービス全体の質を飛躍的に高めることにつながるだろう。

もちろん、AI活用には法的・倫理的な課題が伴うが、それらは制度設計とガバナンスによって十分に克服可能である。今後は、「効率化」だけではなく「正当性」と「人権尊重」という観点から、AIを戦略的に位置づけ、技術と法の融合による新たな行政の形を築いていくことが、我が国にとって喫緊の課題である。

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投稿者: kenjin

行政書士の西山健二と申します。 外国人の方々が日本で働き、暮らすために必要な在留資格の各種申請手続を支援します。