日本において外国人の相続手続を行う際、相続人の特定が難しいとされるのは、多くの要因が複雑に絡み合っているためです。(韓国人から日本人になった富裕層父、死去。ありあまる遺産を前に、3世の40代長男が直面。父が故郷に沈めた「衝撃事実」【国際司法書士が解説】THE GOLD ONLINE 2025/5/23)以下では、その理由について法制度、実務上の課題、国際的な法の衝突、言語・文化の違いなど多角的な観点から詳述します。
1. 外国人の相続における基本的な枠組み
まず、相続とは、被相続人(亡くなった人)の死亡によって、その財産上の権利義務が相続人に承継される制度です。日本では、民法により相続の基本的なルールが定められていますが、外国人が関与する場合には、単に日本法だけでなく、「国際私法」の観点も重要となります。
日本において外国人が亡くなり、相続が発生した場合、その相続に適用される法律は、原則として「被相続人の本国法(国籍のある国の法)」です(法の適用に関する通則法第36条)。つまり、日本に住んでいたとしても、被相続人が外国籍であれば、その国の相続法に従って相続関係が処理されることになります。
このような制度的背景を踏まえると、相続人の特定が難しい理由が見えてきます。
2. 相続人特定が困難な要因
(1) 本国法の適用に関する困難
外国人の相続では、被相続人の本国法が適用されるため、相続人が誰かという問題も本国法に基づいて判断されます。しかし、多くの場合、相続関係者や日本の専門家がその国の法律を十分に理解していないため、実務的な判断が困難になります。
例えば、イスラム法を採用する国では、遺産分配のルールが非常に複雑であり、男女の相続分に差があるほか、特定の親族関係(叔父、いとこ等)にも相続権がある場合があります。また、コモンロー(英米法系)の国では、遺言が重視される傾向が強く、遺言の有無が相続人の特定に重大な影響を及ぼします。
このような外国法の調査・解釈は、法律専門家でも難解であり、実務上の障害となります。
(2) 相続人に関する情報の不足
被相続人が日本に長く住んでいた外国人の場合、本国の家族や親族に関する情報が乏しいことがよくあります。たとえば、日本で一人暮らしをしていた高齢の外国人が死亡した場合、その人物の配偶者や子、兄弟姉妹が母国にいるかどうかも不明なことがあります。
また、相続人が本国にいるとしても、連絡先や所在が分からないケースも多く、これにより相続手続の開始が大幅に遅れる原因となります。さらに、本人の母国において戸籍や家族関係登録制度が未整備である場合、書類による証明が困難となります。
(3) 国際的な戸籍制度の違い
日本では、戸籍制度が整備されており、相続人を特定する際には戸籍謄本の取得によって家族関係を証明することができます。しかし、外国には日本のような戸籍制度がない国が多く、出生証明書や婚姻証明書などを複数組み合わせて家族関係を証明しなければならないことが多いです。
さらに、これらの書類は現地言語で作成されているため、日本で使用するには公的な翻訳(公証役場や大使館等による認証翻訳)が必要となり、手続が煩雑化します。また、書類の偽造リスクや真正性の確認も問題になります。
(4) 相続人の国際的な分散と連絡困難
外国人の場合、家族や相続人が世界中に散らばっているケースも多く、各相続人に連絡を取るだけでも時間と労力を要します。たとえば、子どもがアメリカ、兄弟がイギリス、いとこが中国など、複数国に跨って存在している場合、すべての相続人に対して遺産分割協議書の作成・署名・返送を求めるのは非常に手間がかかります。
このような場合、相続手続が長期化し、遺産の管理や処分に支障を来すことがあります。
(5) 言語・文化の壁
相続に関連する手続では、契約書や協議書の作成、法的説明などが必要になりますが、外国人の相続人とのコミュニケーションにおいて言語の壁が立ちはだかります。英語が通じる場合でも、専門用語の理解や意思疎通に問題が生じやすく、通訳や翻訳を介する必要があります。
また、文化的な価値観や宗教的背景が相続に対する考え方に影響を与える場合もあります。たとえば、ある国では長男がすべての財産を相続することが慣習的に行われていたり、女性に相続権が制限されていたりするなど、日本の民法とは異なる観点が存在します。
3. 実務上の対応と解決策
このような困難を乗り越えるためには、以下のような実務上の工夫が必要とされています。
(1) 専門家の活用
外国法の調査や解釈には、国際相続に詳しい弁護士や司法書士の関与が不可欠です。また、必要に応じて外国法に精通した研究者や現地の弁護士と連携することもあります。
(2) 公的機関との連携
本国の在日大使館や領事館を通じて、相続人の探索や証明書類の取得支援を受けることが可能です。国によっては、家族関係証明書や公証人による宣誓書を発行してくれる場合もあります。
(3) 家庭裁判所の活用
相続人が全く不明の場合や一部の相続人が判明していない場合には、日本の家庭裁判所に「相続財産管理人」の選任を申立て、財産を一時的に管理させる方法があります。また、失踪宣告や相続放棄の手続も必要に応じて行われます。
4. 結論
以上のように、日本において外国人の相続手続を行う際に相続人の特定が難しいのは、単に当事者の所在が不明であるというレベルを超えて、外国法の適用、戸籍制度の違い、言語・文化の隔たり、情報の不足など、複数の複雑な要因が重なっているからです。
このような状況に対応するためには、早期からの情報収集と適切な専門家の関与が不可欠であり、相続人自身も将来的な紛争防止のために、生前から遺言作成や家族への情報共有を行っておくことが望まれます。
特に国際的なライフスタイルが一般化している現代においては、「国を跨いだ相続」の重要性と困難さを正しく理解し、制度的・実務的な整備を進めていくことが求められます。