外国人労働政策を考えるとき、
私たちはしばしば、数字から出発してしまう。
何人受け入れるのか。
どの産業に配置するのか。
どれだけの人手不足を補えるのか。
しかし、この出発点は、どこか決定的にずれている。
なぜなら、労働とは、単なる「資源」ではないからである。
労働は商品ではない
第一次世界大戦後、
ヴェルサイユ体制の中で確認された原則がある。
「労働は商品ではない」
この言葉は、単なる理念ではない。
それは、制度設計の出発点である。
人は売買される対象ではない。
労働力の移動もまた、単なる市場取引ではない。
この視点を欠いたとき、
制度は必ず歪む。
数量から出発する政策の限界
現代の外国人労働政策は、
しばしば数量管理から始まる。
・人手不足だから受け入れる
・目標人数を設定する
・不足分を埋める
この発想は、一見合理的に見える。
しかし、その裏側では、
人が「調整可能な要素」として扱われている。
その結果、
・低賃金構造の固定化
・不適切な雇用環境
・帰国後の不安定
といった問題が繰り返される。
なぜ制度は歪むのか
制度が歪む理由は単純である。
人を「労働力」としてのみ扱うからである。
労働者は、生活を持ち、家族を持ち、
将来を見据えて行動する主体である。
しかし、制度が短期的な労働供給だけを目的とすると、
その主体性は無視される。
その結果、制度は持続可能性を失う。
均衡共生モデルの視点
均衡共生モデルは、
労働を次のように捉える。
労働とは「人の移動を伴う社会関係」である。
この視点に立てば、
外国人労働政策は単なる労働市場政策ではなくなる。
それは、
・在留制度
・労働法
・社会保障
・教育
・帰国後のキャリア
を含む、総合的な制度設計となる。
循環と統合の再定義
これまで見てきた「循環型労働移動」も、
この原則の上に再定義される必要がある。
単なる送り出し・受け入れの循環ではない。
・帰国後に活かせる経験となっているか
・本人のキャリアとして連続しているか
・社会との関係が断絶していないか
これらが満たされて初めて、
「循環」は意味を持つ。
信頼との接続
第16回で述べた「信頼」は、
ここでも決定的に重要である。
もし制度が、
・使い捨ての労働力として扱う
・短期的な調整弁として扱う
のであれば、
人は制度を信じない。
そして、制度は守られなくなる。
逆に、
・人として扱われる
・将来が見通せる
・努力が報われる
のであれば、
制度は内側から支えられる。
共生の基準をどこに置くか
外国人政策における最大の問いは、
実は単純である。
人をどのように扱うのか。
この問いに対する答えが、
・数量なのか
・効率なのか
・それとも人間の尊厳なのか
によって、制度の姿は大きく変わる。
均衡共生モデルは、明確に後者を選ぶ。
次回予告
次回は、
この「人として扱う」という原則を制度に落とし込むために、
外国人政策における「差別」と「合理的区別」
というテーマを取り上げる。
出身国や属性による取扱いの違いは、
どこまで許されるのか。
透明性と信頼の観点から、
その境界を考えていく。