― 戦後労働立法に学ぶ、本来の制度設計 ―
問題は「制度の不足」ではない
外国人労働者をめぐる問題は、すでに数え切れないほど指摘されている。
低賃金、未払い、職務内容の逸脱、失踪、仲介構造の不透明性。
これらを前にすると、多くの場合、「制度が不十分だからだ」という説明に落ち着きがちである。
しかし、本当にそうだろうか。
むしろ問題は、「制度が足りないこと」ではなく、
制度を組み立てる順番を誤っていることにあるのではないか。
この視点に立つと、戦後日本が積み上げてきた労働立法は、
極めて重要な示唆を与えてくれる。
戦後労働立法が守った「順番」
戦後日本の労働政策は、単なる経済政策ではない。
明確な思想と順序を持って設計されている。
まず、労働基準法や労働組合法によって、
労働者の最低限の権利が確立された。
ここで重要なのは、「最低ラインの確定」が先に行われたことである。
その上で、職業安定行政や職業訓練といった制度が整備され、
労働力の移動や供給という経済的要請に対応していった。
つまり、その構造は明確である。
人権の確定が先、市場設計は後。
この順番は、戦前の反省から導かれたものであり、
「労働は単なる商品ではない」という原則の制度化にほかならない。
外国人労働政策における「逆転」
では、現在の外国人労働政策はどうか。
代表的な制度である技能実習制度や
特定技能制度は、
いずれも「人手不足への対応」を起点として設計されている。
その結果として、
- 問題が発生してから保護を追加する
- 制度の修正が後追いで繰り返される
- 本質的な構造が維持されたまま表層だけが調整される
という状態が続いている。
これは、戦後労働立法の順番と、完全に逆である。
なぜ順番が逆転したのか
この逆転は偶然ではない。
構造的な理由がある。
第一に、外国人労働者が「労働政策」ではなく
「入管政策」の対象として扱われてきたことである。
在留資格による管理が中心となる結果、
権利ではなく「管理」が先行する。
第二に、労働市場が二国間構造であることである。
日本国内だけで完結する戦後の労働移動と異なり、
外国人労働は送り出し国との関係を前提とする。
それにもかかわらず、帰国後の雇用やキャリアは
制度設計の外側に置かれてきた。
第三に、数量目標の存在である。
「何人受け入れるか」が先に設定されることで、
制度の質よりも量が優先される。
この三点が重なり、「順番の逆転」が固定化されている。
過去から引き出すべき処方箋
では、戦後の立法は何を教えてくれるのか。
第一に、最低基準の確立とその執行である。
単に法を適用するだけでは足りない。
戦後は労働基準監督という執行装置が同時に整備された。
外国人労働においても、
在留審査と労働法遵守の情報を連動させる仕組みが不可欠である。
第二に、マッチングの公的基盤である。
戦後は職業紹介を規制し、公共職業安定所を中心に据えた。
現在の外国人労働は、
依然として民間ブローカーへの依存が大きい。
ここにこそ、制度的な再設計の余地がある。
第三に、交渉力の制度化である。
個人の保護だけでなく、集団としての声を制度に組み込むこと。
外国人労働者にとって、
これは依然として極めて弱い部分である。
第四に、産業政策との接続である。
戦後は、労働政策を単なる人手補充として扱わなかった。
生産性や産業構造と一体で設計した。
現在必要なのも、まさにこの視点である。
均衡共生モデルとの接点
均衡共生モデルの立場から見れば、結論は明確である。
人権は後から付け足すものではなく、最初から組み込むべきものである。
そしてもう一つ重要なのは、
労働市場、在留制度、社会統合を分断しないことである。
戦後日本は、国内においてこの統合を実現した。
いま求められているのは、それを国境を越えて再構築することである。
順番を取り戻すという発想
外国人労働政策に必要なのは、
まったく新しい制度ではない。
むしろ必要なのは、
制度設計の順番を取り戻すことである。
戦後労働立法は、そのための「完成された設計図」をすでに提示している。
問題は、それを参照していないことにある。
結びに
戦後の労働立法は、
国内における均衡共生モデルの原型といえる。
現在の外国人労働政策は、
それを国際化する過程で順番を誤った状態にある。
だからこそ、必要なのは拡張ではなく、再構成である。
順番を正すこと。
そこからしか、持続可能な共生は始まらない。